120 アリエル城④
「なんか、きわどくない? あの格好で下手に魔法を使うの・・・?」
「サタニア、君ってもしかしてエロゲとかよくやってた?」
「お兄ちゃんの部屋から・・・っていいでしょ。そんなこと」
サタニアとエヴァンがうるさい。
こいつら、何気にこの状況楽しんでないか?
「いい加減に静かにしろって」
「あっ・・・」
サタニアがはっとして、前を向く。
「見て、いなくなるみたい」
「?」
5人の異世界住人たちが、時計のようなものを見つめていた。
『そろそろ時間かな?』
『惜しいね。早くこっちの世界に転移してみたいな』
『今日は、裏側の情報も知れてよかった。こんな可愛い子、異世界じゃなきゃ会えないからね』
「はい、ありがとうございます」
少女が少し照れながら、杖を仕舞う。
『楽しい時間だったよ』
「満足いただけてよかったです。ぜひこの世界の素晴らしさを皆様に」
男性兵士が頭を下げる。
『もちろんだ』
『これは来たがる人多いだろうね。アバターに感覚がないのが残念だ』
『視覚から見る情報だと、最高だよ。早く、完全なアバターで来たいな』
「ありがとうございます。失礼します」
少女たちが頭を下げて、段差を降りていくのが見えた。
エヴァンが眠った人間たちに視線を向ける。
「それにしても、どうしてこいつら眠らせる必要あったんだ?」
「さぁな。あんなふうに透けた奴らが出てきたらビビるからじゃないのか?」
「こっちには3Dホログラムなんて技術ないものね」
柱に寄りかかる。
3Dホログラムの奴らは、結局目の前の人間に夢中で俺たちには気づかなかったようだ。
「ねぇねぇ、この人たちゾンビみたいにいきなり動き出したらどうしよう」
サタニアがまた、マントをつまんでくる。
カツン カツン
「いかがですか? アース族の皆様」
「あの声は・・・」
「アイリスだ」
身をかがめる。
アイリスの隣には十戒軍の兵士が2人付いていた。
神の声を聞く者・・・なのか?
ルークと同じようなマントを羽織っている。
『もちろんだ。いいね、この異世界は』
『一週間後こっちに来れると思うとワクワクするよ』
「皆様が来るのを楽しみにしていますね」
アイリスが顔を上げてほほ笑んだ。
『君が導きの聖女アイリス?』
「はい。今後、皆様が異世界に馴染むまでご案内する役割があります。よろしくお願いします」
一歩前に出て、5人に向かって頭を下げた。
『本当に可愛い子揃いだな。聖女もこんなに可愛いなんて』
『もしかして、聖女もそうゆうイベントとかあるの?』
「そうゆうイベント? 魔法を見せてほしいってこと?」
「アイリス様はアース族を導く存在です。でも、アース族といるうちに・・・なんてことも」
横の兵士が言った。
「何言ってるの? 私は18禁イベントはキャンセルしてるんだけど」
アイリスが兵士を睨みつける。
― 魔王の剣―
「な!?」
飛び出していき、アイリスと異世界住人の間に入る。
「ま・・・ヴィル様・・・?」
「お前らは一体なんだ? アイリスに何をする気だ?」
5人の体は透けたまま動く素振りすらない。
動けないのか。
『初回限定イベントとかかな?』
『どう答えるのが正解なんだ?』
何言ってるんだ、こいつらは。
アバター・・・仮の体か。どうすれば、こいつらを消せるんだ?
『ちょうどよかった』
「テラ」
テラがにやにや笑いながら天井から降りてきた。
体は5人と同じように透けていて、実体がない。
『彼が今のこの世界の魔王です。本来別の少女が魔王であり、人間との均衡が保たれていましたが、彼が出てくることによって変わってしまった。ダンジョンは魔族によって支配されてしまったのです』
テラが5人のアバターを見ながら言う。
「は?」
『彼はダンジョンだけではなく、己の欲望からアイリスを狙っているのです。自分のものにしようと・・・・という筋書きはどうでしょう』
『いいね』
『そうゆう、サイドストーリーも好きだよ』
テラが満足げに異世界住人の方を見ていた。
「何言ってるんだよ。アイリスを利用していたのは、お前らのほうだろ」
「魔王ヴィル様・・・・」
アイリスを後ろにやる。
『なるほど、それで俺たちが異世界に転移するということか』
『いいプロローグだね。俺も別ゲームでやりこんだから、ダンジョン攻略なら自信があるし』
『こっちの生活にも飽き飽きしてたんだ。ゲームにはリアルが無い。こんな可愛い女の子を守るって使命があるなら、世界に入り込めるし希望を持てるよ』
「・・・・・・」
テラが満足げな顔をしていた。
『では、今回はまだ試作段階。そろそろ向こうに戻る時間なので』
『了解だ』
『次回はちゃんとアバターも用意してくるよ。さすがにこの格好じゃ、見分けも付かないからね』
『そうですね。もう少しで完成します。待機部屋まで、お送りしますね』
シュンッ
テラが言うと、一気に 6人が浮いて消えていった。
「魔王ヴィル様、ありがとう」
「どうしてお前が異世界に関わる必要がある?」
「えっと・・・いろいろあって・・・」
「アイリス様」
女剣士がアイリスにシルクのベールを着せた。
「こちらへ。ロバート様がお待ちです」
女がアイリスを引っ張った。
キィンッ
「!?」
魔王の剣を振り下ろして、女の手を引き離す。
「今、俺がアイリスと話している」
「・・・・」
「お前・・・睡眠薬が効かない、魔族か?」
「アイリス、こっちへ来い! お前がそこにいたら、何をされるかわからない!」
ロバートが手を差し出してくる。
「魔王・・・・・・・」
「アイリスは導きの聖女かもしれない。でも、俺の、魔王ヴィルの奴隷だろ?」
「・・・そっか。そうだったね・・・」
「!」
アイリスの手を掴もうとすると、するりとかわされた。
「でも、ごめんなさい、魔王ヴィル様。私は魔王ヴィル様に形作ってもらった。随分、昔のことのようだけど・・・私、ちゃんと覚えてる。きっとこれからも忘れない」
「・・・何言ってるんだ?」
アイリスが自分の指先を見つめながら言う。
「アイリス」
「・・・本当は魔王ヴィル様ともっといたい。でも、私はやらなきゃいけないことがある。異世界とこっちの世界を結ばなきゃいけないの。ありがとう、魔王ヴィル様」
「は・・・・・?」
「これが私の役目なの」
ふっとほほ笑んでから、背を向けた。
「・・・・・・・」
少し離れたところにいた十戒軍の中に入っていく。
散々命を狙われていたのに、アイリスが十戒軍に何かを指示していた。
「アイリス・・・・」
こちらを振り向かずに聖堂を出ていく。
俺は、"名無し"に代わる発動条件を知っている。
アイリスを殺し、無理やりオーバーライド(上書き)を発動させて、アイリスの思う通りにすることもできる。
でも、アイリスが心の底から望んでいることが読めなかった。
俺に、何を求めてる?
なぜ、アイリスが異世界から人間たちが来ることを望む?
どうして、時空退行を・・・?
「残念ね」
すっとサタニアが横に並んだ。
「ふられたんでしょ。慰めてあげよっか?」
「随分嬉しそうだな」
「私なら、ヴィルを選ぶのになって思って」
にんまりと笑みを浮かべて、こちらを見上げてきた。
「はぁ・・・2人とも周囲無視しすぎだろ」
「あ・・・・」
エヴァンに言われて周囲を見ると、十戒軍とアリエル王国の兵士の数名に囲まれていた。
弱すぎて気づかなかったのもあるが・・・。
「ヴィル、エヴァン、サタニアか・・・どうする、こいつら、ステータスがかなり高いぞ」
十戒軍の者が呟く。
「当然だろ、魔王なんだから」
「皆を起こしてからのほうがいいんじゃないのか?」
人間たちがじりじりとしながら、武器を構えていた。
パンパン
「みんな、武器を下ろしてくれ。魔王ヴィルたちはアース族がやってくるのに、無くてはならない存在なのだから」
ロバートが手を二回たたくと、全員が武器を下ろした。
「妹のことを気遣ってくれて感謝するよ」
「・・・・・・」
嫌な目つきだ。
「だが、妹は導きの聖女だ。心配する必要はない」
「・・・ここで何をしようとしている?」
「結婚式だよ。妹のピュイアとサンフォルン王国の王子がアリエル城で結婚式を行う、準備をしているんだ。異世界住人がこっちの世界に来る時と、式の日を合わせるつもりだ」
「結婚式?」
「かなり前から計画していたことだ。ピュイアは可愛いし、サンフォルン王国の王子も喜んでるよ。ピュイアもそれなりに魔力があるしね」
ぴんと張りつめた空気が漂っている。
「アイリスは、これからもアリエル王国に尽くしてもらう」
「お前っ・・・!!」
剣を引き抜こうとすると、エヴァンが足で止めてきた。
「・・・ねぇ」
白いマントを後ろにやって、ロバートの前に立つ。
「待機部屋ってどこ? ロバート様・・・て、”様”はもういいか」
「ん?」
「異世界住人の待機部屋だよ。アース族だっけ?」
エヴァンがロバートの前で剣を回しながら言う。
「驚いたな。王国騎士団長が・・・」
キィンッ
剣の刃先をロバートに向ける。
「うるさい。知ってるなら早く案内しろ。殺すよ」
「・・・・・・」
エヴァンが蛇のような目つきで睨んでいた。
ロバートの顔色が変わっていく。




