119 アリエル城③
「アイリス、お前は知ってたのか?」
「テラから聞いたの。魔王ヴィル様はここを通って魔王になったって」
「ヴィルって・・・俺の名前を・・・さっき、記憶を失ったふりをしていたのか?」
「・・・・・・」
「いつからだ?」
アイリスが口をつぐんだ。
「・・・城下町の民が消えたが、アイリスも知っているのか?」
「もちろん、知ってる。消したのはテラだから」
「消したって、住人はどこに行ったんだ?」
「時空の歪を通っていって・・・そうね。どこかの世界に転生してるはず。確率的には100分の1程度・・・」
「時空の歪・・・・・?」
「この世界には、そうゆうのがあるの。本にも載ってないこと・・・この世界には禁忌魔法以外にも、不可能を可能にできる方法がある」
泉を見つめながら言う。
「私はできればアリエル王国の民を残したかった。でも、テラが・・・」
「アイリスは十戒軍と組んでいるのか? お前を殺そうとしてたのに」
「私は殺せないよ。誰にも、ね」
アイリスがほほ笑む。
「やっと、私は私として動ける。想定通り」
「・・・・何の話だ?」
「魔王ヴィル様」
アイリスが髪を耳にかけて、背伸びをした。
「祝福してあげる。屈んで」
「いらない」
「いいから。そうしないと、このお祈りの場所に来た意味ない」
「・・・・・・」
俺に何か魔法をかける気か?
すぐに解いてやる。
警戒しながら屈むと、アイリスが耳に口を寄せてきた。
「魔王ヴィル様、私、覚えてるよ。魔王ヴィル様との日々、全部、全部覚えてるの。見張られているから、今はそれしか伝えられない」
「!?」
「アイリス・・・・」
「これで、きっと神の御加護がある」
アイリスがぱっと離れて、背を向けた。
「もう行かなきゃ」
「待てって」
手首を掴む。
アイリスが何かを気にしていた。
「何が起こってるか説明・・・」
「これから聖女としての役目があるから。手を離して。怒られちゃう」
「・・・・・・・」
ここで引き留めるのはアイリスにとって、危険なことのようだな。
「わかったよ」
手を解く。
アイリスが一瞬、後ろに下がった。
「ここで少し休んでて。今日は来客が多いの」
「・・・アイリスは?」
「また後で」
ふわっとほほ笑んで、祈りの場所から出ていった。
助けてって・・・どうゆう意味なんだ?
手を見つめながら考え込んでいた。
タンッ
「え?」
空中からいきなりサタニアとエヴァンが下りてくる。
「すぐアイリスに触れようとするんだから」
「いたのかよ」
「そりゃいるでしょ。ヴィルとアイリスが2人きりになるなんて、なんかあったら邪魔しなきゃ」
「いや、趣旨変わってきてるだろ」
「俺は行かない方がいいって言ったんだけど」
エヴァンがため息をついた。
「で、アイリス様を見る限り、記憶はある・・・どころか、魔力も十分あるみたいだったね」
「・・・・・・・・」
「導きの聖女ねぇ。アイリス様が役目を・・・ん?」
エヴァンが泉を覗き込む。
「この泉は?」
「触らないほうがいい。俺はその泉に飛び込んで魔王になったんだ」
腕を組んで壁に寄り掛かる。
「え?」
「ここは職業選択の神殿の奥だ。俺がまだ人間だった頃、テラという者に連れられてきた場所だ」
「テラって・・・十戒軍の?」
「確かに俺も神様と呼んでいた。エヴァンは来たことないか?」
「無いよ。こっちに来てから、職業変えたことなんてないからね。でも、聞いたことはある。職業を変えてきたとか・・・誰がこんな魔力を張ったんだ・・・?」
エヴァンが岩から手を離した。
「つか、お前らタイミング見計らって出てくるんじゃなかったのかよ。潜入してるのに、いきなり部屋から3人出てきたら怪しまれるだろうが」
「俺じゃないって、サタニアが魔女の剣で切ったんだ」
「だって、ヴィルがアイリスとべたべたするから」
「してないって。情報収集してただけだろ?」
サタニアがむっとしながら、魔女の剣の刃先をドアのほうに向けた。
「回りくどくやるのは苦手よ。早くアイリスを連れて出ていきましょ」
「ちょっ」
パリーンッ
サタニアが髪をさらっと流して、ガラスの扉を突き破った。
「あーあ、やっちゃったね」
エヴァンが剣を抜く。
このパーティー自由すぎるだろ。
― 魔王の剣―
人間がすぐに襲い掛かってくることを見越して、剣を握り締めた。
これだけ大きな音を立てれば、穏便にということは難しいだろう。
「早く行くわよ」
サタニアが先に部屋を出ていった。
エヴァンと顔を見合わせて、後を付いていく。
「って・・・・」
「え?」
聖堂の中には多くの人間たちが集まっていて、整頓された椅子に座っていた。
でも、誰一人としてこちらを見る様子は無い。
「どうして・・・寝てるんだ?」
拍子抜けして、剣を下ろす。殺気はどこからも感じられない。
聖堂の中にいる全員が、項垂れて目を閉じていた。
アイリスもロバートもどこにもいなかった。
エヴァンが一人の男の首に触れる。
「この感じだと、食事に睡眠薬が入っていた可能性が高いな。でも、何のために」
「ヴィル、見て」
サタニアが魔女の剣を解いて、中央を指さした。
「何やってるんだ? あいつらは・・・」
真ん中に少女が、下着姿で、両腕を縛ったまま座らされていた。
横には十戒軍の女剣士たちが立っている。
「お、おやめください。私このようなこと」
少女の声に、起きている兵士たちは、誰も止める様子は無かった。
「神様がこの世界を解放してくださったのですから」
「ああぁっ・・・」
剣で、服の一部を斬る。
大勢の前で、豊満な胸が露になる。
「は、恥ずかしいです。おやめください」
「異世界住人の前です。さぁ、アース族の皆様、よくご覧になってください。こちらが、アリエル王国の住人になります」
「異世界住人・・・? アース族・・・?」
サタニアとエヴァンが素早く人混みに紛れた。
少女の戸惑う声を聞きながら、近づいて人影に隠れる。
『可愛いな。すごく可愛いよ』
「可愛いって、よかったな」
「えっ」
『いいねいいね。少し屈んで、胸をもうちょっと寄せて』
少女が両手を縛られてほとんど動けない状態で、雑音混じりの声の言う通りにしていた。
透けた人間? そうか、テラの。
「見ろよ、3Dホログラムだ。俺たちが元いた世界の技術、サタニアも見ただろ?」
「もちろん、知ってるわ。テラも使っていた・・・」
『こんな世界があるなんて』
『要求していいの? じゃあ、もう少し、角度を変えてみて』
全く同じ顔をした青年5人が少女の前に立って、指示していた。
栗色の髪、ベロア生地のマント、腰の剣、ブーツまで全て同じだ。ほとんど動かない。
立っているだけといった感じだ。
「あれが異世界の住人・・・」
「全員、同じ顔、かっこうをしていることを見るに、ゲームで言うところのまだ試作品だね」
「試作品って・・・じゃあ、アバターを使ってこっちに来るってこと?」
「まだ、わからないって」
エヴァンとサタニアがテーブルに隠れながらこそこそ話していた。
『俺の希望のシチュを実現してくれてありがとう。ぞくぞくするな』
「いえいえ、異世界の皆さんがこちらに来るのを楽しみにしていますから」
『俺たちが世界を変える・・・だったか』
『こっちの世界の住人は美少女ばかりだし、やる気が出てくるよな。ゲームみたいなのに、ゲームじゃないってところが最高だ』
「この子と旅するのもいいのではないでしょうか。ルミ、後ろを向いて」
「はい!」
一人の背の高い少女が前に出る。
十戒軍の紋章のようなものが入ったマントを羽織っていた。
「こ、こうですか?」
『おぉ、可愛いね。アイドルみたいだ』
「アイドル?」
『僕たちが異世界に行ったら、真っ先に君に会いに行くよ。こんな美少女が尽くしてくれる世界なんて・・・・あぁ、早く完全なアバターで触れたいよ』
少女が首をかしげて、戸惑っていた。
『いいねいいね』
『もうちょっと、そうだな・・・魔法使うところとか見てみたいな』
「はい! では、簡単な・・・」
青年たちが指示すると、少女が従順に動いていた。
よく聞くと、見た目は同じだったが、声質が違う。
全く別の人間たちが、あの青年たちの中に入っているってことか。
「よく見て、あの子まで、胸が見えそうで見えないきわどい服よ」
サタニアが前のめりになっていた。
まぁ、魔族はみんなあんな感じだから気にならないが。
「あんなに動いたら、わわ・・・」
「えげつないことするな。向こうはR18指定の深夜配信かよ。それでも、まだ理性はあったぞ」
エヴァンがぼそっと呟く。
「普段の欲をこんなところで解放させてるのね。気持ち悪い限りよ」
サタニアが顔を赤らめながら言う。
「異世界からすると、こっちの人間はおもちゃみたいな感覚だね」
「私たちは所詮ゲームのキャラみたいなものなんでしょ。異世界転移を楽にだなんて、冗談じゃないわ」
「同感だ」
エヴァンが低い声で言う。
二人の怒りはひしひしと伝わってきた。
眠ったままの人間の顔を見る。
中央は騒がしいのに、全く起きる素振りがない。
「異世界か・・・・」
3Dホログラムで映し出された青年たちが、楽しそうに少女の火と水の魔法を見つめていた。
ほぼ失敗だったけど、褒めて拍手していた。
「・・・・・」
アイリスがいないか周囲を見渡す。
異世界住人転移計画に、アイリスが関わっているのか?
何のために・・・。




