118 アリエル城②
聖堂と呼ばれる場所は、城の庭園の中にあるらしい。
小高い丘からは、城下町が見渡せた。
「城にこんなところがあるとは・・・」
「城にいる者の中でも、知っている奴らなんてごく一部だ。あれが聖堂」
エヴァンが指す先に・・・。
楕円状のドーム型で、天井の高い建物があった。
庭園の草は綺麗に刈り取られて、蝶々や小鳥たちが飛んでいる。
城の煌びやかな雰囲気からは外れた、自然の多い場所だ。
「行ったことあんの?」
「もちろん。王国騎士団のセレモニー関係は聖堂で行われる。話が長くていつも眠っちゃってたけど、あ、料理は美味しいよ」
エヴァンが軽い感じで話す。
「随分綺麗なところなのね。ガラス張りになってるの?」
「あぁ、軍の集会所のような場所でね、賢者が祈るような神聖な場所とされていた。裏はギルドの者たちの集まる、職業選択の神殿とも繋がっているらしい」
「・・・・職業選択の神殿・・・・?」
職業選択、テラ、神殿・・・記憶が霞んでいる。
どうして、こんな霞がかかったような感覚になるんだ?
「時間止めを使って、中に入る?」
「それがいいか」
エヴァンが指を鳴らそうとしたときだった。
「とんでもない、テラは時間止めを知らないでしょう」
「!?」
「うわっ、いたのかよ。つか、何で城に」
「見学ですよ。遠くから見学してます」
いきなり、アエルとリョクが木陰から姿を現した。
黒い翼を伸ばす。
「・・・・・」
リョクがエヴァンに何か言いかけて、口をつぐんだ。
「時間止めは最終手段です。もし、テラにその能力を知られれば何かに利用されるかもしれない。奴はしつこいので、用心してくださいね」
「そうか。ギリギリまで使わないでおこう」
エヴァンが手を下ろすと、リョクが駆け寄っていった。
「エヴァン、少し、悲しそうな顔してる。何かあったのか?」
「え・・・・・?」
リョクが背伸びをして、エヴァンの頭を撫でていた。
「そんなことないよ。大丈夫」
「うん、よかった・・・」
リョクは純粋だが馬鹿ではない。
エヴァンが人間だということも、気づいているだろう。
「ほら、君はこっち側です」
「うわっ」
「リョクに手を出すなよ」
「はいはい」
アエルがリョクを引っ張って後ろにやっていた。
「正面から行く? 早くしないと、乗り込む前にみんな来ちゃうわ」
サタニアが周囲を見ながら言う。
「そうそう。私にいい考えがあります」
アエルがにやりとして、屈んだ。
「俺は構わないが・・・」
「そのほうがいいと、堕天使のひらめきです。はははは、堕天使のひらめきは啓示ともいえるでしょ」
「啓示って、胡散臭いな」
エヴァンが瞼を重くする。
アエルのいい考えとは俺が単独で正面から乗り込むものだった。
同時にエヴァンとサタニアはアエルの網で中に入り、タイミングを見計らって網を切って2人が出てくるらしい。
どこまでシナリオ通り行くか・・・。
「ヴィル一人なら、簡単に入れるでしょう。あくまでも穏便に、ね」
「穏便にっていうのは無理があるだろ」
「そうよ。エヴァンのほうが顔が知れてるんだから」
「えー俺やだよ」
「堕天使のひらめきです。大丈夫ですよ」
翼から羽を引き抜いて、ふっと風を当てていた。
「アリエル王国に来て、何もいいことないわ。エヴァンとこの中に入るなんて」
「俺だって痴女とはごめんだ」
「誰が痴女よ」
文句を言いながらアエルの網の中でじたばたしてる。
組み合わせが悪すぎるな。
「2人とも剣を仕舞っていてくださいね。剣があたると切れるほど薄くなってるので」
「わかったよ」
「エヴァン、サタニア様・・・」
「はいはい、君は私と一緒に行動してください」
アエルが、エヴァンに手を伸ばそうとしたリョクの横に立つ。
「なぁ、アエル。どうして僕はいけないんだ?」
「・・・・まぁ、大人の事情ですかね。今は、静かに見ていましょう」
「サタニア様、エヴァンをよろしくお願いします」
リョクが髪をくるんとさせながら頭を下げた。
「任せて・・・って、ひゃっ」
いきなり2人を包む網が上昇する。
「ほんっとに、強引ね」
サタニアがスカートを押さえながら文句を言っている。
「どうしました? どうしました?」
アエルが楽しそうに覗き込んでいた。
「早く進めて」
「つれないですね。語りたいのに。まぁいいでしょう。では、私たちはいったん隠れていますね」
「じゃあ・・・」
ハイテンションのまま言うと、アエルとリョクが木陰の中に消えていった。
聖堂のドアの前に立つ。
人の気配は確実に感じるが、何をしているのかまではわからない。
俺だけだと入れる・・・ってどうゆう意味だ?
この中はどうなって・・・。
「ちょっと、エヴァン、幅とらないでって言ってるでしょ」
「そっちが幅取り過ぎなんだよ。尻がでかくて」
「もうっ、そうゆうのセクハラよ。」
「いちいち、向こうの世界の言葉を使うなよ」
姿は見えないのに、うるさいな、こいつら。
「お前ら、少し黙って・・・・」
きいっとドアが開いた。
人間の声が大きくなる。聖堂の中には・・・。
「貴方は・・・?」
「!?」
アイリスだった。
「アイリス、どうゆうことだ? 魔王城でさらわれてから、何があった?」
「え・・・・」
ピンクの髪がさらっと風になびく。
黒いフードを被り、人魚の涙のピアスをつけていた。
間違いなくアイリスだ。
でも・・・。
「ごめんなさい。貴方と会うのは初めてだと思うよ」
「・・・・・・アイリス・・・」
記憶を失っている?
どうゆうことだ?
「どうしたんだい? アイリス」
ロバートが近づいてきてこちらを見下ろす。
ずる賢い、何もかも知っているような堀の深い目だ。
「魔族だね?」
「・・・・・・」
「君は来ると思ってたよ。魔族も紹介したいし、一緒に中にどうかな?」
「紹介?」
「これから始まる・・・・っと、今は詳しく言えないな」
ロバートが聖堂を見渡しながら言う。
「・・・・・・・・・・」
耳障りのいい話しと、嫌味な声。
何を企んでいる?
扉の上の方から、エヴァンとサタニアが中に入る感覚がした。
誰にも気づかれていないようだな。
しばらく、偵察するか。
「あの・・・・」
「・・・あぁ、そうさせてもらう」
魔王の剣を後ろにやって、静かに解いた。
「今は食事中です。どうぞ、あちらから好きなお食事を取ってください。魔族のお口に合うかはわかりませんが、我々は歓迎しますので」
「・・・・・・・」
テーブルには食事をしている人間たちが80名程度いた。
さっき、アイリスが連れてきていた者、十戒軍らしき者、城の者・・・。
ギルドの者は一人もいないようだ。
さすがに、俺が落ちこぼれのヴィルだと知る者はいないか。
「ねぇ、魔族なら人の多い場所は苦手だよね?」
アイリスがこちらを覗き込む。
「・・・まぁな」
「じゃあ、私が案内してあげる。こっちへ」
にこっと笑って、手招きした。
「アイリス、案内するのはあくまで聖堂内だけにしておいてくれ」
「わかってる。こっちにね、お祈りの場所があるの。私がよく通っている場所、そこに行けば人もいないから落ち着くと思う」
「え?」
「おいしそうな食事あったら持ってくるから安心して」
声も話し方もアイリスなのに・・・。
ロバートがこちらを睨んで、近くの兵に何か耳打ちしていた。
魔王が俺だということをまだ知らないのか。
「ん? 何か気になることあった?」
「いや・・・お祈りの場所って?」
「こっち・・・」
部屋を壁沿いに歩いていくと、廊下でつないだ小さな建物があった。
ガラスの中に、白い柱が二つ立っている。
階段は磨かれた大理石でできていた。
「ここは私、聖女といなければ入れないの」
アイリスが手を当てると、建物の前にあったガラスが消える。
「いつから聖女なんだ?」
「ずっと昔から・・・かな」
「・・・・・・」
俺といるときに聖女を名乗ったことないのに・・・。
何かに操られているのか?
「奇跡の噴水の前で、人間たちに何をしていたんだ?」
「やっぱり視線を感じると思ったら見られてたね。空気振動が違ったから知ってたよ」
アイリスが髪を耳にかける。
「でも、言えない」
「じゃあ、どうして、俺をここに連れてきた?」
「見せたいものがあったから」
ゆっくりと扉を閉めた。
きれいに磨かれた床を歩いていく。
自然光が天井窓から差し込んでいた。
静寂に包まれる、美しい場所だ。
「見せたいもの?」
「ほら・・・」
口に手を当てて、上を向いた。
「ここがお祈りの場所よ。空気が澄んでいて気持ちいいでしょ?」
「・・・・・・・!」
背筋がひんやりとした。
俺はこの場所を見たことがある。ここに来たことがある。
「この泉はね、聖なる泉。テラの指示がないと、触れてはいけない泉」
アイリスが湧き出てくる透明な泉に手をかざして、目を閉じた。
水を溜めた大きな岩。
「ここは運命を変える、特別な泉とされてる。波打つ魔力が違う」
「・・・特別な・・・」
「何か、思い出した?」
アイリスが目を細める。
「・・・・・・・・」
口をつぐむ。
どうして忘れていたのだろう。
俺はここに飛び込んで、魔王になったんだ。




