115 導きの聖女
「人間か・・・?」
「・・・アリエル王国の住人?」
「十戒軍か? でも、力は感じないな」
エヴァンが前のめりになりながら言う。
「・・・・・・・?」
リョクが素に戻ったエヴァンを見て、少し驚いていた。
もう、ドラゴンになりきるのは無理があるだろうな。
「アエル、向こうに移動したいんだが」
透明な網に手を置いて、目を凝らして先のほうを眺める。
ずっと遠くのほうから、人間たちが、こちらに向かってくるのが見えた。
「はいはい、もちろんです。これから面白いものが見られそうです」
「面白いもの?」
「ふふふふ・・・見てからのほうが早いでしょう」
後ろから、アエルの声が聞こえた。
俺たちを捕らえた網が、ふわふわ浮きながら移動し、噴水の前で止まる。
ここは数年前に建て替えられた、教会の前だ。
「ここで待っていてくださいね」
アエルが楽しそうに飛んでいた。
体勢を整えてから網に指を引っ掛ける。
「アエル、消えた人間はどこに行ったんだ?」
「消えたので知りません。この世界中どこにもいないのですから、そうですね・・・。異世界転生でもできたらいいですね。はははは、そのお二人のように」
「・・・・・・・・・」
エヴァンがアエルを睨みつける。
「どうしてアエルはそんなに詳しいの? 異世界のことまで」
「私は堕天使ですから」
「でも、この世界の・・・でしょ? なんで転換期だとか、異世界のことまで情報を持って・・・・」
「エヴァン、貴方が何者なのかも知っていますよ」
アエルが鋭く言うと、エヴァンが黙った。
「もし、誰にも話していけないことなら、私にあまり強く出ないことですね」
「・・・・ヴィル?」
「・・・・・・」
この場所は、マリアがよく来ていた場所だった。
奇跡の噴水・・・何が奇跡か知らないが、そう呼ばれる噴水だ。
どうしてここに?
「アエルはどうして堕天したんだ?」
「色々あるけど率直に、人間が嫌いなんですよ。ここの住人は気づいていないようですけどね。醜い部分が目立つ・・・この王国の人間は堕天使が見守るのにふさわしい国です」
アエルの目からは、失望を感じられた。
「聖書では・・・」
エヴァンが急に前のめりになった。
「神に背いた天使が堕天すると書いてあったけど?」
「神ですか。まぁ、この世界で天使や堕天使は独立した存在ですからね。常に、自由の身です。神は関与しませんね」
アエルが自分の翼を整えながら言う。
「ふうん、そうなんだ」
「エヴァン、貴方はわかってて聞いてますね?」
「バレた?」
「ククク、いい度胸ですね。嫌いじゃありませんよ。ヴィルのことよろしくお願いしますね」
エヴァンが網を掴みながら、笑っていた。
「そうこうしている間に人間が来てしまいました。声は極力出さないでくださいね。静かに眺めてみましょう」
アエルが霧のように消えていく。
人間どもが城から近い教会に集まってきた。
30名ほどだろう。ギルドの者もいたが、全員ではないな。
「本当に人間が消えるとは、迎え入れる準備ですか」
「計画は既に始まってるのですね」
「ここで新たなことが始まる・・・・」
人間たちが話していた。
「そうですね」
十戒軍なのかもしれない。
先頭にいるのは、女か。
この網、光の加減で視界が遮られるな。
「皆さん、手を取り祈りましょう。誰もがみんな平等な、理想郷を築き上げるため」
フードを被って両手を伸ばしていた。
「おぉー」
「俺たちは生まれ変わるんだ。異世界の方々を快く迎えよう」
「まずは聖女様の言う通り、奇跡の噴水の前でお祈りしましょう」
20代から30代くらいの男女だ。
子供や老人は、一人もいない。
何を根拠に選ばれた人間なのかわからないが、選民意識が高いことは伝わってきた。
噴水の前でひざまずき、祈り始める。
中心にいる少女が唱えているのは、詠唱にも似たような言葉だ。
魔法をかけているのか?
「くだらない」
小さく呟く。
あいつも十戒軍の神の声を聞く者の一人なのか?
アエルが姿を現して、少女の横に立っていた。
本当に誰からも姿が見えていないようだ。
「・・・・・・・」
アエルがこちらを見上げて口に手を当てる。
黒い翼を伸ばすと、ふわっと少女のフードが取れた。
ピンク色の柔らかい髪が・・・・。
「アイリス!?」
思わず声を出すと、サタニアに止められた。
ふと、少女がこちらを見上げた気がした。
アイリス・・・なのか?
透明な網のせいで魔力が霞んでいて、よくわからないが、そっくりだった。
「どうしましたか? 聖女様」
「・・・・いえ、少し・・・気になることが」
「そうですか。神様の言葉でしょうか・・・」
アエルがにやにやしながら、唖然とする俺たちの様子を見ていた。
「そんな・・・アイリスが・・・?」
サタニアが息だけの声で言う。
「どうして、人間たちといるのか? いや、本当にあれはアイリスなのか? 聖女と呼ばれて・・・聖女? だと?」
「ヴィル、落ち着いて。静かにしないと」
「っ・・・・」
サタニアに口を押えられる。
「今、見つかったらダメ。お願いだから、冷静になって。今はアイリスに危害が無さそうでしょ?」
「・・・・」
軽く頷くと、手を離した。
「さぁ、皆さん。顔を上げてください」
「はい」
「祈りの力は偉大です。皆さんの声が神様に届いたことでしょう」
俺が間違えるはずがない。あれは、アイリスだ。
でも、なぜ・・・。
あの、アイリスは人間たちに何の魔法をかけている?
「ありがとうございます。導きの聖女様」
「ここまでついて来てくれてありがとう。お城に行きましょう。長旅でお疲れの皆さんに美味しい料理を作っているはずです」
みんなが笑顔になりながら立ち上がる。
大剣を置いていた者も、背負い直していた。
「私が皆さんを守りますから、ご安心くださいね」
アエルがアイリスの周りをうろうろしながら、たまに風を起こして遊んでいた。
ピンクの髪がさらさらとなびく。
こちらを見上げることもなく、城のほうへ歩いていった。
パチパチパチパチ
アエルが手をたたいて戻ってきた。
「ショーは終わりましたね。何だったんでしょうね、あの集団は」
「アイリスは操られているのか?」
「さぁ、どうでしょう。ヴィル自身の目で、確認してください」
「・・・・・・・」
どうして、アイリスが・・・導きの聖女?
魔王城からさらわれた後、何があったんだ?
「あぁ、翼があったほうがいいんですけど、最近生え変わりの時期で抜けやすいんですよね。あはは、すこーし多めに落としちゃいました。仕方ないです。そうゆう日もあります」
アエルが黒い翼を消していた。
「アイリス様が、異世界転移計画に関わってるのか・・・?」
「エヴァン?」
「・・・・・それは・・・さすがに想定外だ・・・」
エヴァンが網をつかみながら言う。
「異世界転移計画・・・? 僕は・・・」
「・・・・・・」
リョクがぼうっと人間たちのいなくなった噴水を見つめる。
エヴァンが青ざめながら、アリエル城のほうを向いていた。




