109 魔王の椅子
「遅れてしまい、申し訳ありません」
リリシアが濡れた砂浜を走ってきた。
昨日の雨のせいで、波は大荒れで黒々とうねっている。
「あの・・・私も行ってよろしいのでしょうか?」
「今、お前が戻れば魔族だってバレるかもしれない。それに、お前だってもうあんな王国戻りたくないだろ?」
「それは・・・・そうですけど」
エヴァンがドラゴンになって頷いていた。
ドラゴンになりきっていて、逆に怖いな。
「あの王国は化けの皮がはがれた状態。お城自体が燃えてしまったんだから、今後どうなるかわからないわ。魔族への憎悪が一気に増してる可能性もある」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「そろったわね? じゃあ、魔王城に戻るわ」
サタニアが髪を後ろに流して、両手をかざすと、魔法陣に光が走った。
シュンッ
二回瞬きをすると、魔王城の屋根に立っていた。
すぐに違和感に気づいた。城から煙が出ている。
「何これ・・・・・?」
「!?」
― 魔王の剣―
魔王の剣を持って、一気に走り出す。
人間どもの匂いがした。
ガッシャーン
窓を蹴り破って魔王城の中に入る。
廊下に居ても、魔族の気配が一切なかった。
魔王の間にいるのか。
アイリスはどうしてさらわれた・・・・?
遠くに見える上位魔族の部屋を無視して、廊下を駆けていく。
「な・・・・・」
魔王の間に着くと、人間どもが唱える魔法が閃光のように走っていた。
50人程度、剣士、アーチャー、賢者、魔導士、あらゆる職業の人間が、魔族と戦闘していた。
信じられない光景だった。
ププウルも、カマエルも、ザガンも、ゴリアテも、サリーも・・・・。
シエルまで・・・だと?
こんな人間ども、上位魔族一人で十分だろう。
なぜだ? どうしてこんなに弱くなっている?
「ぐあっ・・・」
「くそ、人間どもめが」
「合技をやるわ、私の剣に力を!」
剣士と魔導士と賢者の合わせ技に、ゴリアテが押されている。
「いいわ・・・そっちは?」
「こっちも、問題ないっ」
ププの撃った弓矢を、人間の張ったシールドが弾いた。
ありえない。
人間どもと、魔族の力が拮抗していた。
「なんという屈辱・・・こんなことになるなんて」
「ウル、落ち着いて。手が滑っただけ、もう一回やるわ」
ププウルもサリーもけがを負っている。
下位魔族の中には、瀕死の者もいた。
「きゃっ」
ざわめきの中に、微かにマキアの声が聞こえた。
「や、や、止めなさい」
「お姉ちゃん」
端のほうでマキアとセラが縛り上げられている。
鞭のようなもので叩かれていた。
「きゃっ・・・・」
「女魔族は可愛いなぁ。特に青髪のこの子。牙もあってこんなに弱いのに、顔も体も人間より魅力的なんて罪だな・・・」
魔導士の男がマキアに近づいていく。
「はぁ・・・。殺す前に服くらい裂いておくか。こんな可愛い魔族がどんな肉体を持っているのか興味あるなぁ・・・」
「嫌です! それなら、死んだ方がマシです!」
マキアが男を睨みつける。
「じゃあ、気絶させてから全裸にしてやるよ」
「!?」
「止めて。ぐっ、こんな鎖なんか・・・・」
セラが必死にもがいて、鎖を解こうとしていた。
ズン
「あ・・・?」
後ろから男を刺す。
魔王の剣が魂を吸うと、ドサっと死体が落ちた。
マントを取って、マキアに被せた。
「大丈夫か?」
「あ、貴方様は?」
「魔王ヴィルだ」
「魔王・・・ヴィル様? あ、ありがとうございます。はっ・・・こ、こんなお見苦しい姿をすみませんでした」
目を潤ませながら、マントを掴んでいた。
「いや、すぐに終わらせる。遅れてすまなかった」
「魔王ヴィル様・・・」
「お姉ちゃん」
震えるマキアに、セラが寄り添っていた。
ザザザザザザザー
サタニアが魔女の剣で周辺の人間3人を一気に切っていく。
悲鳴を上げる間も無かったのか、何の音もしなかった。
「ヴィル、この人間たち弱すぎるわ。どうしてこんなに上位魔族が押されてるの?」
「・・・・・・・・・」
冷静になれ。
腕を組んで、戦闘を見つめる。
何かに魔族の力が、乱されているな。
「何か・・・原因となっている何かがあるはずだ。魔族がいきなり弱くなるなんてありえない」
「何か・・・って、でも、どうやって探せば?」
「・・・・・・・」
集中しろ。
俺が人間どもを全員倒すこともできるが、上位魔族が弱体化させられたままなら意味がない。
何かを見つけなければ。
物体・・・小さな物体が魔族に対して、何かを放っている。
ほんの少しの狂いだが・・・・。
「!」
天井の真ん中に、小さな岩のようなものが見えた。
キラリと光っている。原因は、おそらくあれだな。
「待って、ヴィルっ」
飛び上がって、魔王の剣を突き立てた。
パリンッ
割れた岩の欠片を掴む。
しゅるしゅる出てきた煙のようなものに、手をかざした。
― 付与効果絶対解除―
岩が割れると、一気に魔族が優勢になるのを感じた。
きゃああああああ
人間どもがいきなり悲鳴を上げる。
カマエルが双剣で剣士たちを切り裂いていた。
「上位魔族の力が・・・」
「そんなバカな、神は我々に力を与えたと聞いている」
「ま・・・まぐれに決まってる」
動揺する人間と魔族の間に降りる。
「あ・・・貴方様は・・・?」
「魔族の王、魔王ヴィルだ」
「魔王ヴィル様・・・・? はっ・・・なぜか、急に魔力が漲ってきて・・・」
カマエルが驚きながら両手を眺めていた。
上位魔族含め、魔族たちが一斉に俺のほうを見ていた。
「人間が使っていた封じ込めの魔術は俺が解いた。新たな魔王に、お前たちの力を見せてみろ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
止まった戦闘の中、ゆっくりと、赤いカーペットを歩いて魔王の椅子に向かう。
この感覚だ。
やはり、俺は魔王に相応しい。
「こ、このやろ、魔王がなんだ。俺たちには神が付いているんだ」
「ケリー、あぶなっ」
ザッ
大剣を持って切りかかろうとしてきた男を、魔王の剣を回して一瞬で魂を抜いた。
弱すぎる・・・こんなので、よく魔王城に乗り込もうと思ったな。
静寂の中、死体を蹴り上げた。
「うわっ・・・」
「・・・・・・」
魔王の椅子に座り、魔王の剣を掲げる。
「やれ。魔族の力を見せろ」
うおおおおおおおおお
魔族の雄たけびが上がる。一気に士気が上がった。
本気になった上位魔族が、存分に力を発揮している。
魔王城全体がびりびりしていた。
数分後、ここにいる人間どもは全滅するだろう。
天井に付いていた岩の欠片を見つめる。
これを作った者だけが、上位魔族に匹敵する強さを持っているといったところか。
オブシディアンにも似た魔力だ。
中指ほどしかない小さな石だったが、これが魔族の力を乱して、磁場を狂わせていた。
また十戒軍なのか? テラなのか?
心底、嫌な奴らだ。
「ヴィル、私にも活躍させてほしかったんだけど」
サタニアがちょっと文句を言いながら近づいてくる。
石をポケットに入れた。
「俺は上位魔族の力が知りたいからな。変わってないようで安心したよ」
ザアアァァァァァァ
シエルが目の前にいた10人を一気に消し去っていた。
血しぶきすら飛び散らない、相変わらず美しいシエルに相応しい戦闘だな。
「それもそうね。みんな、ちゃんと強いから安心して」
魔女の剣を下げて隣に並んでいた。
「エヴァンたちはどうした?」
「部屋に戻ってくつろいでるわ」
「・・・あいつららしいな・・・まぁ、こんなときに来られるのも面倒だが」
「ふふ、そうでしょ?」
サタニアが口に手を当ててほほ笑む。
逃げ惑う人間の声と、魔族の攻撃の音が響き渡っていた。




