106 ダンスパーティー
いつの間にか、窓の外には雨雲が集まっていた。
おそらく、嵐が来るな。
「ヴィル、早く」
「あぁ」
階段を下りていくと、食べ物の香りがしてきた。
ルークが女たちと一緒に、近づいてくる。
「サタニア、あぁ、やっぱり青いドレスが一番似合うと思ってたよ。海のように深く青いドレスがね・・・」
「・・ふうん・・・・・」
「よく来てくれたね。可愛い、可愛い妹、サタニア」
ねっとりとした声でサタニアの髪を撫でた。
サタニアが歩き出すと、ワインを片手に談笑していた人間どもがぱっとこちらを振り返った。
魔王サタニアの美しさは有名らしい。
口々に、容姿を褒めるような言葉が聞こえてきた。
「さ、こちらへ」
「ま・・・待ってください」
サタニアについていこうとすると、黒髪の少女に引き留められた。
アイリスと同い年くらいか。
白いメイド服を着た、瞳の大きい可愛い女の子だ。髪に赤いリボンを付けていた。
「ん?」
「あ、あの、貴方はどうか私と一緒に・・・・」
この子、魔族が人間に化けているのか。
「えっと・・・その・・・窓際にいたほうがくつろげますので」
「それもそうだな。わかった」
「こ、こちらにお願いします」
女の子の手を引っ張って端のほうに行く。
サタニアが若い国王らしき人物のほうへ歩いていくのが見えた。
粉を吸っているのか吸っていないのかはわからないが、威厳のない国王だ。
近くで老人たちが粉を吸いながら、ルークと話している。
無理に近づかないほうが無難か。
ピアノの音楽が流れて、近くにいた人同士が笑顔で踊り始める。
城の中の者、城下町の権力者の集まりってところだな。給仕含めて100人程度の人間が舞踏の間にいた。
途中、粉を吸いながら、舞踏会の雰囲気に酔いしれていた。
あの粉は、そんなに依存するものなのか。
無くなると、近くの人にもらったりしていた。
体内に常に蓄積させようとしているように見える。
サタニアは不満げな表情を浮かべていたが、まだ人間たちに囲まれていた。
国王がサタニアの横でへらへら笑っている。
「すみません。遅くなりまして、こちら、持ってまいりました」
「ありがとう」
窓際のベンチに座っていると、少女が料理を持って戻ってきた。
雨音が大きくなっている。ガラス越しの城下町の明かりが、水に流れていた。
「嫌いなものがあったら言ってください」
「いや、大丈夫だ」
「あ、飲み物も持ってきますね」
「・・・・・・」
胸が大きくて、歩くたびに、メイド服のボタンがはちきれそうになっている。
「すみません、これを・・・」
「あぁ・・・」
グラスに入ったワインを受け取ると、慌てて、ボタンを直していた。
女魔族で間違いないな。
「お前、魔族だな? なぜ人間に化けている?」
「・・・・・」
周囲をきょろきょろ見渡して、誰もこちらを見ていないことを確認してから隣に座る。
「あ、貴方様も魔族だと聞いています」
小声で話してきた。
「まぁな、お前、名前は何という?」
「リリシアです。あの・・・ヴィル様・・・ですよね?」
「あぁ、ルークに言われて近づいてきたのか?」
「・・・・・」
頬に手を当てて、少し迷ってから頷いた。
「・・・はい。サタニア様と一緒にいる男性にお声がけするように、と」
「なるほど・・・」
「・・・・・・?」
俺はあの会話の中で邪魔だと判断されたんだな。
リリシアから貰った食事を口にする。
「ヴィル様、あの、その・・・」
メイド服のレースを触りながらもじもじしていた。
「助けてください」
「え?」
「私、もう十戒軍にいて魔族を裏切る行為は嫌なのです」
黒い瞳で訴えかけてくる。
「それって、どうゆう・・・・」
バチンッ
部屋の電気が消えていった。
「紳士淑女の皆様、今日は足元の悪い中お集まりいただきありがとうございます。これから、このように仮面をかぶり、皆様は魔族でも人間でもない、別の者となります。さぁ、楽しんでください」
真ん中に明かりが灯り、サタニアと国王がいた。
音楽が流れ、サタニアが嫌そうな顔をして踊り始めていた。
「仮面をしているこの時間だけは、身分の差も無くなります。ヴィル様、怪しまれないように私と踊ってください」
リリシアが目だけ覆う仮面を渡してきた。
見よう見まねで、付けてみる。
「こちらへ」
リリシアが、ダンスしている場所までくると、くっと体を近づけきた。
「すみません。作法など、何か変なところがありましたら言ってください」
恥ずかしそうな顔で見上げてきた。
「私踊るのも初めてなので・・・あっているかはわかりませんが」
「俺もだ。でも、まぁこうしていればいいんだろう」
「は・・・はい。あ、足を踏んでしまいそうで」
「んなこと気にするな」
リリシアの腰に手を添えながらそれっぽく動いて、人間の声に耳を傾ける。
人間と魔族が関係なく仲良くできると、喜ぶような囁きが聞こえてきた。
サタニアの影響なのか、ここの連中はやけに魔族に好意的だ。
「魔族と人間が仲良くなんて嘘です」
「どうしてそう思う?」
リリシアが踊っているふりをしながら、背伸びをしてこそっと話してきた。
「魔王サタニア様がいるって、風の噂で聞いた弱った魔族たちがここに来ましたが、着いた途端に翼を切られて殺されました。十戒軍の実験道具にされた者もいます」
「・・・・・・」
「私、見てしまったんです。ここにいる人間たちみんなが知っているはずです。でも、サタニア様に会う機会がなくて・・・」
息だけの声で話す。
やっぱりな。怪しい粉を撒かれた人間は知らないのだろう。
知っていても、思考能力が奪われている可能性もあるが。
「サタニアは知らないんだな?」
「人間が巧妙に隠してるようです。サタニア様が強いのは知っていますから」
「強いか・・・」
ルークがサタニアをいろんな人に紹介していた。
抵抗しようと思えばできるものを・・・。
サタニアは籠の中の鳥だった。
「私は人間に化けるのが得意な魔族です。魔力も、あるほうです。だから、いつか魔王サタニア様にこの事実を伝えようと、機会を狙っていました」
「そうか」
リリシアと同じメイド服を着た人間も、仮面をつけて、ダンスフロアで踊っていた。
「リリシア、今から俺が言うことをよく聞け」
「?」
耳元でささやく。
「!」
「いいな」
「はい」
すぐにリリシアと離れた。
「・・・・・・・・・・」
サタニアと目が合った。仮面を取って投げる。
― 冥界の業火―
ゴオオオォォォォォォ
両手を掲げて火を起こす。
「きゃあああああああ、何? 何が起こったの?」
「お、お、落ち着け、幸福の魔法だ。幸福の魔法で見えるマジックに違いない」
「外へ、早く、煙が」
「うわああ、焼ける、体が・・・・・・」
パニック状態の中、リリシアが離れて、窓のほうへ走っていった。
ガシャン ガシャン ガシャン
ドドドッドドドドッドドド
テーブルも皿もめちゃくちゃだった。
― 魔王の剣―
天井まで飛び上がり、サタニアと国王の間に割り込む。
「どけろ」
「な・・・」
ダァァァァンッ
国王が仮面を外す前に、勢いよく蹴り上げて壁に食い込ませる。
「ミハイル国王! すぐに回復を!!」
「ルーク!」
「くっ・・・・・・」
ルークの首に魔王の剣を突き付けた。
― 奪牙鎖―
左指を動かす。
傍にいた女2人が魔法を唱える前に、周囲の両手を縛り上げた。
ぎゃあぁぁぁぁああ
力の奪われる感覚に戸惑う女がその場に倒れた。
ルークが汗を掻きながらこちらを見上げている。
「ヴィル・・・」
サタニアがふわっと横につく。
「ど、ど、どうゆうつもりだ?」
「魔王の前で、随分とくだらない茶番を見せてくれたな。いかれた人間どもを見るのも限界だ。今すぐにダンジョンへ連れていけ」
「・・・・・・」
サタニアを後ろにやると、服を引っ張ってきた。
「魔王サタニアはそんなこと・・・・」
「俺が魔王だ」
刃先を回すと、ルークの首から血が伝ってくる。
「・・・・何を言って・・・・」
「いいか、俺が魔王だ。早く連れていけ!」
声を張り上げて言う。
ルークが奥歯を噛んでこちらを睨みつけていた。
「うわっ国王陛下!?」
「あいつを捕らえろ」
王国の兵士や武器を持った人間どもがわらわら出てきてこちらに向かってきた。
― 魔女の剣―
サタニアが軽やかに跳びあがる。
ガッシャーン
シャンデリアを落として、人間たちの足場をなくした。
火の広まりが加速していく。燃え盛る地面に触れながら熱い熱いと騒ぎまわっていた。
「ルーク、連れて行きなさい・・・」
「サタニア・・・お前まで・・・・」
片手で火を調節する。
王族の逃げそうなドアを炎で塞いだ。
「当然だが、俺が放ってる炎は普通の炎ではない。触れれば骨まで焼残らず焼き尽くす炎だ」
気を失った魔導士の奪牙鎖を解いてやる。
「・・・!!」
「早くしないと、全員燃え死ぬわよ」
「・・・ハハ・・外はお前の苦手な雨だ。いいのか?」
「・・・・・・・・」
サタニアが一瞬、表情を曇らせた。
雨が苦手なんて、聞いていなかったが・・・。
「いいから。連れて行きなさい!」
「っ・・・・」
ルークの後頭部に魔女の剣を突き付けていた。




