103 サタニアと酒
「この国では、さっきみたいな誘拐もあるの。さらわれた子も抵抗はしない。粉を吸わされてるから」
「まぁ、あの光景は珍しいことではないけどな。弱い魔族の誘拐もあったし」
「リョクが魔族だってわからなかったみたいだけど・・・・あの翼への反応、興奮状態、異常だわ。獣より忌々しい。虫唾が走る」
サタニアが嫌悪感を露にしていた。
2人で地下から出て、人間たちの様子を眺めていた。
「翼から作る粉か。そんなにすごいものなのか・・・」
「らしいわね。魔族である私たちは試したくもないけど」
気持ち悪いこと考えるな。
ふと、身長の高い男性がこちらに近づいてきた。
「おうおう、ヴィルじゃねぇか」
「ん?」
「落ちこぼれのヴィルだろ。俺、ギルドにいてお前と同じく落ちこぼれてたディオンだ。アリエル王国のギルドの制度に飽き飽きして、幸福の国、ミハイル王国に行き着いたってわけよ」
突然、聞いてもいないのにべらべらしゃべり出した。
武器を持っている感じもないが、見る限り賢者だったようだ。
特に見覚えのある顔でもなかったが・・・。
「そっちのめちゃくちゃ可愛いお嬢ちゃんは? まさか、ヴィルの彼女か?」
「いや、こいつは・・・」
「そうなのよ」
サタニアが声色を思いっきり変えて、笑顔を作った。
何考えてるんだ、こいつは?
「ハハハハ、やっぱりな。こんな可愛い子見たことねぇや。ミハイル王国で見つけたのか? じゃあ、昼間から飲める酒場でも案内してやるよ。粉吸ってから、楽しく語ろうぜ」
「そうしましょ、ヴィル」
「お前・・・」
「ちょうど、酒場を探してたんじゃない。昼から飲もう、ってね」
「・・・・・・」
俺が心底嫌な顔をしているのに、完全に無視してきた。
遊んでるんな?
「愛想のいい彼女じゃねぇか。羨ましいぜ。俺もここで早く彼女見つけたいな。ここは俺にとってゼロからの出発点だ」
仕方なくディオンについていく。
上位魔族以上にしか聞こえない超音波のような声で、サタニアに話しかける。
「どうゆうつもりだ? エヴァンたちを置いて行くのか?」
「エヴァンならどうにか振舞えるでしょ。なんか楽しくなっちゃった」
「俺まで巻き込むなって」
「いいじゃない、寄り道くらい許してくれなきゃ、連れて行ってあげないわよ。ヴィルの彼女だって。ふふ、面白い響き」
長い髪を耳にかけながら、にやっとした。
楽しそうに、華奢な体を弾ませている。
「ん? どうした?」
「なんでもないよ。酒場はここから遠いの」
「近いところもあるけどな。俺のおすすめは今から行くところだ。珍しい酒ばかりで美味しいんだ」
ディオンがそうかそうかと言いながら、先頭を歩いていた。
案内されたのは、城から少し近いところにある、大きな酒場だ。
何の仕事をしているのかもわからない人たちでにぎわっていた。
ディオンが手をあげて、カクテルを3つ頼んでいた。
「ククク、まさかお前とこんなところで飲むことになるとはな。人生何があるかわらないな」
粉を吸ってから、ふぅっと息を付いていた。
ディオンは、俺とサタニアを完全に人間だと思っているようだ。
「ねぇ、落ちこぼれのヴィルって?」
「ハハハ、お嬢ちゃんには話してないのかい?」
「うん。聞いたことないの」
サタニア、知ってて遊んでるな。
「ヴィルも新たな人生を始めたんだもんな。さっきのは忘れてくれ。飲め飲め、ここでアリエル王国の人間と会ったのは初めてだ。俺の奢りだ。好きなだけ飲め」
「ありがとう。ディオンさん」
サタニアがにこっとしながら、赤いカクテルを持った。
「飲めるのか?」
「もちろん。全然平気よ」
サタニアが機嫌よくグラスを傾ける。
明らかに酒を飲める歳には見えないんだが。まぁ、こんなんでも魔王だしな。
「俺がどうやってこの国で生計を立てているか聞きたいだろ?」
「あ・・・あぁ・・・」
特に興味も無いし、とっとと逃げたいんだが・・・。
「語り手だよ」
「どうゆう職業だ?」
「アリエル王国の神殿の職業選択にはないもんな」
「・・・・・・」
神殿の職業選択?
なぜか、引っかかるワードだった。
「ここの連中は外の情報を知らない。サンフォルン王国はまだしも、アリエル王国なんて全然知らないんだ。いろんな人に話してほしいとせがまれてな」
つまみの木の実を口に放り込む。
「外国の本も無いらしい。俺を賢いと、人が集まってお金を払ってくる。しまいには王国からも、好待遇を受けてさ。落ちこぼれてた頃が嘘だったみたいだ。ハハハ」
「どんな話をするんだ?」
「アリエル王国の、そうだな。ギルドに居て、はるか昔のダンジョンを攻略したときの話とかだ。あとは、そうだな・・・最近だと、魔族の話だな。こっちの人間は魔族って見たことないんだとよ」
「ダンジョンを攻略したって具体的に?」
「ギルドのこと忘れちまったのかい? まぁ、俺だって忘れたいけどな。5人くらい、賢者、剣士、アーチャー、魔導士のパーティーで行っただろうが。ギルドが強いから、上位魔族に会わない限り、ほぼほぼ負けることなんてないんだけどなー」
「なるほど」
酒をぐいっと飲みながら饒舌に話す。
ディオンはおそらくC級の賢者だ。この階級にまで魔族は馬鹿にされてるのか。
今の時間軸の世界について、どうやって魔族が弱体化していったのか聞きたいんだが・・・・。
「ふはぁ・・・お酒とっても美味しいの」
「・・・・・」
サタニアが完全に出来上がってる。
にっぱーっとしながら、お酒を飲んでいた。
「止めとけって。もう」
「もう、せっかく気持ちよくなってきたのに。返して、私のお酒なの」
「サタニア・・・」
グラスを取り上げると、頬を膨らませた。
人格まで変わってるじゃねぇか。
何が、どう、平気だと思ったんだよ。
「あっはははは、面白い彼女じゃないか」
「ふへへ、面白い彼女ー」
左右に揺れてから、すっと立った。
「違います。私は女王なのです」
「は!? ちょっ・・・・」
テーブルの上に立ち上がって、仁王立ちした。
皿がカタンカタン鳴る。
「女王の力を見せてあげましょう」
「止めろって。マジで何やってるんだよ」
「むぅ・・・私、女王だから」
すっげー真面目な顔で言ってくる。何言ってんだ?
手を引っ張ろうとしたが、素早くかわされた。
酔ってるのに力はそのままとか、たち悪すぎるだろ。
「お、なんだなんだ?」
「可愛い女の子が、王だって言ってるぞ」
「ひゅーひゅー、王様だー。何の王様だろうなー」
なんか周囲の人間の注目まで浴びだしたし。
目立つ行動を避けろってこいつの口から出た言葉だったよな?
「今こそ私の剣で人間を根絶やしにするのです。魔女の剣」
パァンッ
サタニアが剣を出す前に、魔法を打ち消した。
シュウウウウっと煙が上がる。
「へ?」
「・・・・・・」
一瞬、沈黙が降り落ちた。
「はははは、楽しい飲みっぷりだね」
「今のが王の力か。やられたなー」
周囲から笑い声が聞こえていた。拍手までされている。
「今のは、ちょっとしたマジックだ。彼女が練習中なんだ。驚かせてごめん」
「そうだったのか。思わずびっくりしちまったよ。最高じゃねぇか」
ディオンがグラスを触りながら言う。
「えーっと、ディオン、貴重な話聞かせてくれてありがとな。お酒ももらって。じゃ、俺こいつ連れて帰るから」
「また話そうぜ。お前もこの粉吸ってからな」
「あぁ」
サタニアを担いで、逃げるように酒場から出ていく。
外に出てもじたばたしていた。
「ヴィル離してよ。離して、離して」
「うるせぇな。問題起こしたのはどっちだよ」
「私はつよーいの。つよーい魔族の王なの。力をみんなにい、みせちゃうんだから」
「・・・・・・・」
今後、酒は一切禁止だな。
エヴァンのいる地下のほうへ歩いていく。
今、こいつを下ろすと、何の魔法を使うかわからん。人のいないところを探さなければ。
「酒癖悪いなら先に言ってくれよ」
「わるるない。わるるないんだから」
呂律回ってないし。足をバタバタさせていた。
路地裏の、ひとけのないところで、いったんサタニアを下ろす。
そういや、アイリスも酒飲んだとき面倒になったな。
「何?」
「・・・いや、別に」
「今、なんか考えてたー」
「まずは、酔いを醒ましてくれ。じゃなきゃ・・・」
背中に悪寒が走る。
スッ・・・
「ん? あぁ、ここにいたのか」
金髪の鼻筋の通った男性が近づいてくる。
サタニアが、うつろな目をばっと開いた。
「さっき、酒場でサタニアを見つけたから、追いかけてきたんだよ。来てるなら言ってくれたらよかったのに」
鼻に付くような、ねっとりした声だ。
「ルーク・・・」
「まさか、君が酒場にいるだなんて思わなかったよ。隣の子は初めましてだね。友達かな?」
「はい」
一気にサタニアの酔いが冷めたようだった。
呼吸を浅くして、魔力を整えている。精神状態を無理矢理正常に戻していた。
「・・・・・・」
こいつが、十戒軍、神の声を聞く者の一人ルーク・・・。




