参考
「――で、俺達がここに呼び出されたと」
「理解が早くて助かる」
私と仁が距離感について危機感を覚えた数十分後、今日もキューティクルが抜群の髪をたなびかせる久遠さんを伴った菊池がファミレスに姿を見せた。久遠さんは相も変わらずお美しいようだった。
「せっかく部活オフだったのに……いいけどさ」
菊池がそう言うと、隣の久遠さんがポテトをつまみながら「たまにはこういうのもいいわね。ケチャップくれる?」と呑気に言った。
二人が来たことで、ブロック席で向かい合っていた私たちは片側に並んで座り、それぞれが向き合うように座った。さっきまで仁が腰かけていたスペースが私の尻をぬるく温めた。
「しかし普段一緒になにしてる……ねえ」
菊池はウーロン茶を口に含んだ。「俺の部活が割と忙しいから、そんなに多くは無いけどな」と言う彼は、ことのついでか隣の久遠さんに「ごめんな」と言った。彼女は気にしていないようだったが。そも、久遠さんは菊池のサッカーをしてる姿がカッコいいと言っていたのだし、特に不満はないようだ。
「そんな特別なことはしてないわ。一緒に出掛けたり、家に呼んだり呼ばれたり」
久遠さんはそう言うと、「そんなものでしょ?」と私たちを見比べた。揃って首を縦に振ると、彼女は「フツーじゃない!」と少し高い声を上げた。
「いやしかしだな、勝山にまだまだだと言われ、関係をもっと深めるにはどうしようかとだな」
「高校生でそれ以上って、まあ人によるだろうけどさ……」
菊池は何かに心当たりでもあるのか、耳をほんのり赤らめて久遠さんの方をかすめるように見やった。あれはやんごとない桃色の妄想をしている顔だ。私には分かる。
対する久遠さんはと言えば、何食わぬ顔で「まあ人によってはしてるしね」と言い放った。あまりの堂々とした態度に、私と仁は慄いた。ついでに菊池も赤面した。
「だって男女の関係だもの。そこまで行くのはある意味当り前じゃない?」
「アタリマエ」
私はあっけらかんとした久遠さんの言葉で、自分が妙に緊張しているのに居心地が悪くなった気がした。むず痒いのである。つまるところ、かつて私が涙を流しつつ「こんなもの!フィクションだ!」と言い放ちながら妄想に耽ったあれこれを実践するというのである。
これで仁が乗り気だったらどうしよう、と私は心臓を少しひやりとさせながら彼の方を見ると、彼は黙想に入っていた。
青山もいざ自分からこういうことを意識してやるとなると、ただならぬ覚悟がいるらしい。というか、やっぱりカップルがどこまで進んでるかだとかいう話は生々しくなるなあ、と私は他人事のような心地となった。
「あら、まだ早かったようね。空さん前から身持ち固く行きたいって言ってたし、いいんじゃない?私だってまだ許してないんだもの。あんなのせっつかれてするもんじゃないわよ」
「……なあ麗子、君昼間っから色々あけすけすぎないか?」
周りの席に一瞬目を配った菊池が久遠さんの袖を引いた。ちなみに周りの席は空いている。お昼のピークはしばらく前にすぎている。それがかえって久遠さんの口を軽くしたらしい。
「わ、私だって好きで言ってないわよ。もう、流れでちょっと恥ずかしいこと言っちゃったじゃない」
「な、なんかごめんね」
菊池に言われてハッとしたように頬を染めた久遠さんが、残りのポテトをかっさらった。
ひとまずそれぞれが飲み物に口を付ければ、そこで会話が一息ついた。それぞれがぼんやりとおしぼりで手を拭いたり座りなおしたりしていると、菊池が肘を机に置いた。
「……じゃあさ、キスは?」
「「え」」
彼の言葉に、私と仁の声がそろった。久遠さんは「あぁ!」と嬉しそうに声を上げる。対して私の手は少し汗ばんだ。
「二人はキスとかしないのか?」
あっけらかんとした彼に再び問われ、私と仁は揃って目を逸らした。ちょうど顔が向かい合い、慌てて反対側に目を逸らす。久遠さんが笑った気配がしたが、私としてはさっき二人で話した時に、照れくさくて掘り下げられなかったところをつつかれて心臓が高鳴った。問題が解けてないのに授業中に当てられた時のようだった。
「……もしかして青山、そんなに距離も近くなったのに」
菊池が確かめるように言うと、青山はお冷を飲んで口を閉ざした。
「いやさあ」
見ていられなくなり、私が口をはさむ。
「なんだよ、志龍」
「……そ、そんなちゅっちゅするもんなの?」
菊池と久遠さんは揃って笑い、「少なくともそんなに照れない」と言って私にお冷を薦めた。
異様に冷たいお冷のおかげで、私は自分の顔が赤いことに気づくのだった。
ーーー
ファミレスから出て二人と別れると、私たちは呆然と歩き出した。
まだ風が少し冷たい国道沿いを歩いていると、恋人つなぎで歩く夫婦が目に入った。何となくさっきの話を思い出してやってみると、仁の手は汗ばんでいた。
「……どーする?」
私が行ってみると、仁も「どうするか」と言った。
「別に無理して進むもんじゃないとは言われたけどな」
久遠さんの言葉を思い出すと、仁は「そうだが」と手に力を込めた。
「そのだな」
「うん」
仁は少し周りを見回すと、かがんで私の視線に高さを合わせた。
「この後家来ないか?」
「え、うん」
私は特に気にするでもなく頷いた。
そのままのんびり二人で歩き、仁の家に着いた。幸さんは大学へ行っていていないのか、家には私たちだけだ。
リビングに着くと、仁は麦茶を注ぎながら私の座るソファに腰を下ろした。
「話の続きだが」
「うん」
「正直、俺は照れずにキスしてみたい」
「……へ」
真面目な顔で言われれば、私とて少し怯む。なんだかじんわり湿ってきた雰囲気にのまれそうになりつつ、私は仁の瞳を覗き込んだ。
「……それは口吸いのことを指しておられる?」
「いつの時代だ。まあ、それだが」
「そっかあ」
私はドコドコと盛んに血を巡らせ始めた心臓を麦茶で宥めつつ、仁から目を逸らした。
なるほど、キスか。確かに恋人言えばめちゃくちゃキスしてるイメージがあるし、私とてそれは分かっている。いつかそういうのはしたいとも思っていたし、なんなら昔からしてみたいとも思ってはいたのだ。ばっちこいである。ただしシミュレーションに限ってだったが。
それにこう言われては、彼女としてだな……。
「わ、私も興味あるし……そのだな、やってみるか?」
「……今?」
「い、今」
二人しかいないし。そのつもりで言ってみたが、仁も私も固まってしまった。
「――じゃあ、行くぞ」
「へ、あ、おう」
しばらく固まっているうちに仁の決心がついたのか、彼はいっそう私の方に詰めてきた。暑がりの彼の体温まで分かる距離になる。
そのまま肩に手を置かれ、私はすっかり雰囲気にのまれてしまった。
――なんだこの、流されてしまえとばかりの生ぬるい感じは!甘んじて流れるけども!!
「――いいな?」
「――お、おうぅ」
へっぴりな返事だが、それでも返事だ。お互いの顔が近づきあう。刻一刻と仁の冷たい顔が近づくにつれ、私の顔が熱くなり、肩に力がこもり、そして――
「ただいま~」
「「ぶっはあ!?!?」」
遠く玄関から響いた幸さんの声で、私たちはお互いの顔に吹き出した。恥ずかしいやら残念やら安堵やらで、私たちはそれぞれソファの隅っこで荒い息を吐いた。
「あり?どしたの二人して」
「「なんでも」」
結局この日は幸さんの持つゲームに三人で興じることとなったのだった。
しばらく投稿してなかった間にも評価を頂いておりまして、ありがたい限りです。




