文化祭 大立ち回り
前話の状況を打開するために頑張りました。
10月25日のお昼の更新を見逃した方は、前話よりお読みください。
私が教室に入ると、後藤さんがオタッキー君に肩を持たれていた。後藤さんは小さく「ひっ」と漏らしたかと思えば、「放せ!」と肩を振るって男の拘束を振りほどいた。
オタッキー君の制服に着けられた校章を見れば三年生、私たちの先輩にあたることに気づいた。何より文化祭前に、私たちにはお客には話し合いでのみトラブル解決の手段が許されている。なので、仁も万場も気後れしているようだった。
「そういうのはしてないの!」
そういうの、とは二人で文化祭を回るあれだろう。いわゆる校内デートだが、私たちがこんなコスプレをするのは客引きか店内だけである。
「えっ!してないの?……じゃあ個人的にお願いします!デートしてください!」
オタッキー君もといオタッキー先輩は、逞しいことに後藤さんに怯みもせずに食い下がった。
「しないっての!!」
後藤さんが吠える。
「そこをなんとか!」
オタッキー先輩は食い下がる。
両者譲らぬ言い争いに、私含め教室の一同はあっけにとられ、事の成り行きを見守るほか無かった。
「――あっ!?部長!?」
「――なっ、谷口君!?」
客引きから戻ってきたらしい谷口が、入り口の前で驚愕の声を上げた。はて、彼は帰宅部だった気がするが、なぜ部長などと呼ぶ相手がいるのだろう。
「ここは谷口君のクラスであったか。すまないが彼女に口利きし、ボクの氷河期の雪解けを手伝ってはくれまいか!?」
「は!?」
部長先輩は訳の分からないことを言い出し、後藤さんは怯み、谷口は天を仰いだ。「なんでこの人がこんなとこにいるんだ」と呟き、何となく、雰囲気が彼にこのはた迷惑な客の追放を任じた。
「あのですね部長、突然どうしたのです」
谷口が部長先輩に詰め寄ると、部長先輩は手で遮って谷口を止めた。
「いいかい谷口君、ボクは今論理的に正しい恋をしているのだよ」
「はあ、またそれですか」
部長先輩の言葉に、谷口はため息をついた。部長先輩は「これだから!!」と声を上げる。
「いいかい、まず前提として、ボクはさほど顔が悪いわけではない」
部長先輩はそう言って髪を掻き上げる。確かにパーツが整っていないというわけでもないかもしれないが、特段の評価は与えられないだろう。
「つまり恋愛においてはフラットな状態が維持されているわけだね、ウン」
「……はあ」
谷口が答えると、部長先輩は満足げに頷いた。フラットかどうかは今この瞬間も変化していると思うのだが、それはまた違う話だ。
「そして彼女、後藤氏はそれでなおボクのことを苦手のように振舞い、かつボクを絶望させなかったわけなんだよ」
部長先輩はそう言って後藤さんを見たが、後藤さんは既に蒼い顔で引いている。強引な口調にトラウマでも蘇ったのかもしれない。近くにいた坂田さんが後藤さんを支えていた。
「……それがなぜ論理的に正しい恋になるのですか」
谷口がそう聞くと、部長先輩は「よく聞いた!」と嬉しそうに言った。
「えてして男女仲には倦怠期が訪れるものだ。それはつまり、一度関係が安定してしまえば新たに関係を燃え上がらせることが無くなり、二人の熱が冷めていくからに相違ない。つまり恋など恋愛において不要なわけだ」
部長先輩が言い切ると、教室は異様なまでに白けた空気となる。廊下のギャラリーは「おっ、部長の講演会か」とか、「今日はどんな持論で引かれてるんだ?」なんて聞こえてくる。彼はどうやら暴走癖のある御仁らしい。「誰が今日はあいつ止めるんだよ」と、誰かが呟いた。
谷口は「それで?」と促した。
「ふっふふふ、ならばだよ、最初からフラットな相手のボクのことを苦手、もとい嫌っている後藤さんならば、そして苦手にも関わらずボクに笑顔を振りまいてくれるような堪え性のある彼女ならば、これから愛を育むに相応しい相手なんだよ!!分かるかい!?これからボクと燃え盛る愛を育めるわけさ!!」
「……うっわぁ」
私はついそう漏らしたが、近くにいた紬も「わかる、キモいなあの人」と同意してくれた。
「どうですか!?後藤さん!!」
部長先輩が後藤さんに振り向くと、後藤さんは青い顔をしてふるふると首を振った。部長先輩は「なぜ……」と、まるで亡者のように後藤さんに一歩踏みよった。
もはや彼は持論に精神を蝕まれた哀れなチェリーである。
「――部長」
谷口が言う。
教室の外では誰かが「猫を追うより皿を引け!!」と叫んだ。谷口は谷口で蒼い顔をしながら頷いていた。
「なんだね、ボクの恋理論をいつか応援すると言ったのは君だ、止めてくれるな」
何故かドラマチックな雰囲気になってきたが、これはラブロマンスではなくサスペンスである。
谷口は「すまん!」と叫んで後藤さんの横に着き、彼女に肩を回した。坂田さんはおっかなびっくりといった表情を谷口に向ける。
「部長、後藤さんは既に俺との恋仲なのです!つまり部長は略奪愛者ということに他なりません!!」
「なっ、なにぃいいいいいいいいいいい!?」
谷口が言い放った特大の大ウソに、後藤さんはガタガタと震えて涙目となり、クラスは驚愕し、部長先輩は膝から崩れ落ちた。そして廊下のギャラリーからは歓声と指笛が木霊する。
谷口はすぐさま後藤さんから手を放し、「ごめん!マジでごめん!」と頭を下げながら言って部長先輩に向き直る。後藤さんはふらふらしながら「お、う、うぅん?」と唸った。
「そんな……完全理論を以てしてNTR……だめだ、NTRはダメだあああ……」
部長先輩はもはや泣き崩れながら何かに祈りだす。谷口はそんな彼に肩を貸しながら出口に歩みを進めた。
「部長、何か言うことは?」
出口から姿を消す寸前、谷口は立ち止まって部長先輩に聞いた。
「申し訳ない……またボクの悪い癖が出た……。しかも彼女さんに手を出すとはな……この理論は封印するよ。そして本当に素晴らしいメイド喫茶だったよ、ここは……」
彼はそう言って姿を消した。私たちはよく分からない空気の下、ひとまず店を立て直すために客にお帰り頂くのだった。
ーーー
「――ほんっとうに、申し訳ない!!!」
「――えっと」
一度店を閉め、次の担当のメイドと執事が戻ってきた教室のど真ん中で、谷口は後藤さんに土下座をしていた。
後藤さんが諸事情による男性不信であり、そんな彼女に不貞を働いたことへのお詫びらしい。
私は何となく仁の隣に位置取り、事の顛末を聞いた。
あの三年生は部長忠孝という。彼自身、部長という名前だが、実際美術部の元部長であったらしい。谷口はその美術部の幽霊部員(実質の帰宅部)だったが、彼とは趣味があってよくつるんでいたそうだ。
そしてそんな部長先輩は、本校きっての秀才らしい。すでに全国模試では旧帝国大学をその射程に収め、ほぼ合格水準点に到達済み、その美的センスもさることながら、全国で銀賞を取った作品もあるという。そしてそれ以上に、彼は自分の組み立てた論理を信じすぎるきらいがある。
そしてその論理はもっぱら恋に割り当てられ、多くの女子の気分を害してきたようだ。谷口曰く、念願叶ったことは人生においてないという。
なんともはた迷惑な秀才に、私たちは脱力した。
「まあ、何というかなあ」
万場が複雑そうな声を上げた。
「迷惑だなあ」
彼のその一言は全く的を射ていたが、誰もあのことを振り返ろうともしなかった。なにせ、今はまだ文化祭中、まだ回っていない子もいれば、外ではお客が待っているのだ。
「とりあえず、ごっちゃんこっちおいで」
彼女と仲がいい桐野さんが控室に後藤さんを呼ぶ。それを合図に、クラスのみんなが後藤さんに声をかけてから各々の仕事に戻っていった。
「――あのさ」
「えっ!はい!?」
後藤さんが控室に入る前に、給仕室に向かう谷口に声をかけた。
「……あの、助かった……あ、あり、がとう」
「おっ……あ、あたりまえのこと、しただけ!」
谷口はそう捲し立てて、逃げるように給仕室に潜り込んだ。
後藤さんは不思議そうに首を傾げ、桐野さんはニヤニヤしていた。
「ごっちゃん、谷口は滅多にごっちゃんと話さないから緊張してんだよ」
「……これも私の日頃の行いかぁ」
後藤さんは少し肩を落とし、大人しく控室に戻っていった。
「――谷口のやつ、まともに女子と話せないのか」
私が言うと、仁は「大目に見てやれ、相手は後藤だ」といった。
「ごっちゃんも良い子なんだけどね……それより、これから暇?」
私は彼を見上げると、彼はすぐさま頷いた。
「じゃ、一緒にまわろっか」
「あぁ、そうしよう」
私は既に着替え終わった制服のスカートをいじくって笑った。
こちらこそメインディッシュである。満を持して接客の時を待つ西出メイドの雄姿を横目に、私は文化祭デートに臨むのだった。
――余談だが、この日を境に後藤さんは谷口と話すようになった。二人の仲が友達に届くかどうかは、きっと別の話である。
ネタキャラがいない小説なんてないから部長先輩はセーフティです。




