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男子やめました  作者: 是々非々
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体育祭 祝え高嶺の花の恋

前回の青山君が物議を醸したようですね。

 甘く漬け込んだはずのレモンの蜂蜜漬けの酸っぱさを感じていると、いつの間にやら二人三脚の召集がかかっていたので、オレと由佳は入場門に急いだ。

 ちなみに久遠さんは予選三位だった。タイムによってはまだ可能性もあるが、あまり期待は出来ないかもしれない。


「全員揃ったので、体育祭実行委員に続いて入場してくださーい!!」


 列の前で我らが担任葛城先生が声を上げた。午前唯一の出番が始まろうとしていた。

 とは言えそう気負うものもない。事前に練習した時は結構早く走り切れたし、相手は全員一年生だ。

 のんびり行くのが吉である。


 入場する順路の関係でクラスの前を通ったので、応援に応じて手を振った。

 こういうのは、体育祭の醍醐味だ。何となく頑張ろうという気になるから不思議である。

 不思議と入った気合に乗せられ、オレは意気揚々と順番を待った。

 出番は結構先らしい。じりじりと肌を焼く日差しに気合が揺らがされていると、由佳がひそひそと話しかけて来た。


「ねえ、平気なの?青山君オーケーしちゃったけど」


 しつこくも、あの話題を蒸し返す気らしい。オレははっきりと頷いた。


「平気も何も、オレはあいつとそういう関係じゃなかったろ。あいつが柊先輩が良かったんだからオーケーしたんだし、それに口をはさむ気はない」


「……いーんだね?青山君が他の女に取られても」


「……取られるとか、そんなこと考えてないし」


 ただ面と向かって話しかけて、どんな気持ちになるか確かめたかった。それだけだ。自覚がなかったのだし、もしかしなくても周りの早とちりなのだろう。

 それに、今までの関係が崩れるわけでもない。オレは元男で、青山はクラスメイトの友達。元の鞘に収まったに過ぎないのだから。

 二人三脚は由佳との息も合い、惜しくも二位という結果だったが満足できた。他のペアが転んだりしているのを見ながら、お昼が近いなと考えていた。


 クラス対抗リレーの予選は、言われていた通り地味だった。

 もちろんオレの学年の番が来た時は大盛り上がりだ。こちらも短距離走同様、タイム順で上位五クラスが決勝に進む。菊池は何としても独走するぞと、他クラスに挑戦的な発破をかけていた。メンバーは菊池、西出、陸上部の小河原(おがわら)、青山の四名である。


 結果だけ言おう、見事に我がクラスは独走した。元々スポーツ推薦者が多いクラスである。こうなるのはある意味当然ともいえた。花形種目で良い結果続きのオレたちは大いに浮かれ、意気揚々と一時教室に引き返した。お昼休みである。


「イェーイ唐揚げいただきまーす」


「よりによってメイン中のメインさんを……」


 食堂や他クラスに人が流れる中、オレは楓以外のいつものメンツで弁当を食べていた。楓は勝山に弁当を渡して一緒に食べている。


 「美味い美味い」


 「感想それしかないの?もう」


 勝山はしきりに美味いと言い、楓は呆れたような、嬉しいような顔をしてクスクス笑っている。その堂々としたイチャつきぶりに、目を潰した者も少なくない。


 オレはと言えば、今しがた賭けの代償として由佳に唐揚げを強奪されたところだ。二度と賭け事なんかしないと誓った。

 と、その時、教室のドアがノックされ、見れば久遠さんがやって来ていた。手にはしっかりと大小二つの弁当が提げられている。


「――あの、菊池、くんは」


 そう久遠さんが緊張の面持ちで言えば、青山いじりに参加していた菊池が慌てたように姿を見せた。


「お、お弁当っを、作ってきたから、その……い、一緒に食べませんかっ?」


 最近ではスラスラとした口調で話せていたのに、手作り弁当を渡すことを妙に意識してかたどたどしい口調で久遠さんは言った。

 自然とみんなの目線は菊池に注がれる。菊池も緊張しているようだ。


「う、うん!その、すごく嬉しい、ありがとう。俺で良ければ、食べさせて欲しいな」


 顔を赤らめながらも、菊池は久遠さんの誘いに乗った。


「も、もちろん!あ、違うところで食べませんか?」


 こくこくと頷きながら久遠さんは言った。同じように紅潮した顔をしながら、お望みの昼食スポットに菊池を誘い出す。


「――そうだね、そうしようか。どこで食べよう?」


「いいとこ知ってるの。ほら、こっちこっち」


 そう言って二人は仲良く歩いて行った。ふと気づけば、皐月が弁当を包みなおしていた。


「……どったの?」


「久遠さん、どうなるか、気になる。空も行く?」


 皐月は鼻息荒く立ち上がった。この子はノーマルの恋もイケるようだ。

 確かに料理を教えた手前、ちゃんと成功しているのか見たい気持ちも、単なる野次馬根性も芽生えて、オレは皐月と共に久遠さんを追った。


 由佳や紬は昼休みになると、午後一番にあるクラブ対抗リレーとそれに伴う応援合戦の打ち合わせがあるとかで、着いては来なかった。

 菊池は予めユニフォームに着替えるとかの準備をしていたので、たぶん大丈夫なのだろう。


 場所は事前に久遠さんから聞いているので、二人にはすぐに追いついた。

 二人は付かず離れずの距離感を保ちつつ、体育館近くのベンチに腰を下ろした。悪趣味だとは思うが、角を曲がる前すぐのベンチにこっそり腰掛け、二人の会話に聞き耳を立てる。


 二人は他愛ない話をしながら弁当を食べ進めているらしかった。「これ美味い」だとか、「焼きすぎたかも」だとか聞こえてくる。

「ちょっと大きく切りすぎたんだけど……」とか、久遠さんが自分の調理を申し訳なさそうに振り返るたびに、菊池は食べ応えがあって好きだとか、これにはこれの良いとこがあるなどと言ってフォローしている。


 「……良い」


 皐月は黒縁メガネを上げながら言った。


 「良いな。弁当も失敗してなくて良かった」


 「菊池君、優しいね。久遠さん、きっと喜んでる」


 「くっ、さっさと付き合っちまえよなぁ」


 ぽつぽつと話していると、二人の会話が止んでいるのに気づく。何かあったのかと息を潜めると、不意に菊池が「久遠さん」と声をかけた。


 「はっ、はひっ!」


 酷い緊張だ。照れの許容値をオーバーしているのかもしれない。


 「俺はさ、久遠さんのこと、どこか違う世界の人みたいに思ってたんだ。卒業まできっと接点もできない、みんなの憧れの人って」


 「……そうなの」


 菊池の言葉に、久遠さんは少しガッカリした声色を浮かべた。


 「でも、最近になって話すようになったら、久遠さんも普通の人なんだなって思えたし……その、こんな風にお弁当とか、差し入れとか持ってきてくれたりしてすごく嬉しかったんだ」


 「……うんっ」


 緊迫を増していく空気感に、オレと皐月はもはや息をするのすら控えつつ、菊池の言葉を待った。

 早鐘を打つ心臓がうるさく、あっちに聞こえないか心配だ。オレは黙って、友達の恋の決着を待った。


 「それに何より久遠さんのことをもっと知りたいと思った。久遠さんがすごく可愛いなと思って、普通にお返しするだけじゃ我慢できなくなった。久遠麗子さん、俺と付き合ってくれませんか?」


 「……はいっ、はいぃ……!!」


 「え、ちょっ」


 二人の方から布ずりの音が聞こえ、菊池の動揺する声と、久遠さんの感動する声が聞こえていたが、これ以上は無粋だろう。

 さっさとオレたちは教室に戻ることにした。


 「久遠さん上手くいって良かったなあ」


 「二人きりで、しかも男の子から告白……良い」


 「まあ、理想的なシチュエーションかもな」


 どこか暖かな気持ちで話しながら廊下を歩く。体育祭の運営の手伝いに宛てがわれたクラブの部員や、応援合戦の打ち合わせの為にグラウンドに出てゆくユニフォーム姿の人達とすれ違う中で、前から道着を纏った青山が歩いてきた。

 彼は柊先輩を伴っていた。先輩は見せつけるように腕を絡めている。色々と当たる体勢で、恐らく青山は至福の時を過しているに相違ない。


 「お、青や――」


 「仁くんは道着似合うよね〜。かっこいいよ」


 「……そうですか」


 「む、釣れない反応だね。私怒るよ?」


 「……勘弁してください」


 「しーまーせーん。私は先輩で彼女だからね」


 「……お褒めに預かり光栄です」


 「よろしい」


 このような具合で、オレは途中で言葉をつぐんだ。確かに、せっかくの彼女との逢瀬に水を差すのは無粋なことだ。

 オレは柊先輩と青山が一緒にいる時は話しかけないよう注意せねばと思った。


 「……そんな寂しそうな顔、しないで」


 皐月はそう言った。


 「寂しいっちゃ寂しいけど、タイミング悪かっただけだからな。また後で頑張れとか言っときゃ済むからいいよ」


 彼女持ちは大変である。

 しかし青山も、一度は振った柊先輩と付き合い出すのはどういう心変わりなのだろうなと、オレはぼんやり考えた。


 ーーー


 教室に戻ると、既に人もまばらになっていた。

 文化部やクラブ無所属のやつらがスマホをいじっているばかりだ。


 「――久遠さんどうだった?」


 楓は呑気に言った。


 「成功成功。もうあの二人はくっ付いたよ」


 「おぉ〜、やるねえ菊池君。久遠さん泣いちゃってるんじゃないの?」


 「ワンチャンあるな。あんまし聞いちゃ悪いかと思って、告白受けたとこまでしか聞いてなかったけど」


 「もう悪いよ」


 楓と笑いあっていれば、校内放送が流れ出した。

 短距離走とクラス対抗リレーの結果が出たらしい。みんなで耳をすませていれば、菊池と西出が短距離走決勝に進出して歓声が湧き、『クラス対抗リレー、四位――一年二組』と流れれば、怒号のような歓声が教室を満たした。

 そろそろ昼休みも終わる。オレは重たい椅子を持ち上げてグラウンドに向かった。

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