14話 マルクトに挑む者1
ざわざわと木々が揺れる音が辺りを支配する。
草木が茂るその場所に立っていたのは、白衣を着た男性ただ一人、彼以外には誰も見当たらない。
男は目を瞑ったまま、黙ってそこに佇んでいる。
強い日照りの下であるというのに、男は汗すらかいていない。
その男の背後に音も立てずに忍び寄る影があった。
その影は、剣を振り上げ男に斬りかかる。
しかし、振り下ろした時には既に、男の姿はそこになかった。
男を襲った銀髪の少女は、それに動揺するが一瞬で気配があった方に斬りかかる。
そこには先程の白衣を着ている男がいた。男はニヤリと笑うと、その剣を紙一重で避ける。
しかし、少女はそれすらわかっていたかのように剣を振るうのをやめなかった。
そして、男が五度程避けた時、男の背後から風の刃が襲いかかってきた。
その攻撃に男は感心した様子をみせていたが、
「……だが、これは減点だな」
そう呟いた男の背後に土で出来た壁が出現し、その風の刃を阻んだ。
その後、土の壁はそのまま、数メートル上空まで上がり、少女の周りにも土の壁が出現した。まるで少女を囲むように現れる壁、少女がまずいと感じた時には既に外へと通じる場所はなく、完全に閉じ込められてしまった。
「じゃあエリス、ここで少し待ってな」
そう言った男は出口がないにもかかわらず、一瞬でその場から消えた。
残されたエリスは、まずった~と愚痴りながらその場にへたりこんだ。
◆ ◆ ◆
木の影からその様子を見ていた少年は背後に気配を感じて振り返る。
「おいソラ、位置ばれしているんだから動かないと駄目じゃないか。……まだやるか?」
ソラと呼ばれた少年は、お願いしますと言って構えをとる。
ソラは、自分を俊足化する魔法を発動させ、木から木へと素早く跳び移る。それを何度も繰り返すことで徐々にスピードが上がっていく。
そして、自分の耐えられる最高速度までいくと男の首を蹴ろうと近付いた。だが、
「駄目だな~」
その言葉が聞こえた瞬間、ふいに強い突風が吹き荒れ、ソラの体を包みこむ何かごと木まで吹き飛ばした。
太い幹を持つその木にぶつかると、ソラは突風から解放された。だが、
「え?」
自分の身を包んでいる透明な膜、見た感じ素手で破れそうな薄さにも関わらず、破れる気配を見せない。それどころか、ソラは立つことができなくなっていた。この謎の膜が原因なのは一目瞭然だったが、ソラにはどうしようも出来なかった。
暴れても、徐々に絡まっていき、ついには身動き一つ取れなくなってしまった。
そこでソラはわかった。
木にぶつかったにも関わらず、自分が無傷だったのは、この変な膜のおかげだということに。しかし、同時に自分を捕縛するために用いられた先生特有の魔法だということに。
これさえ使えれば、自分はもっと強くなれる。しかし、同時に察した。これ以上の抵抗は無意味だということに。
「……先生参りました」
そのソラの言葉に頷いたマルクトは、二人の拘束を解いた。
ソラは自由に手足が動かせるようになり、エリスは土で出来た檻が崩れたことによって、その場から立ち上がり男の方に近付いてくる。
◆ ◆ ◆
「二人ともお疲れさん」
目の前に並んだ生徒に向けてマルクトは労いの言葉をまずはかけた。
「昼休み終了まで時間ないから、とりあえず総評から言わせてもらうと、作戦自体はなかなかよかったと思うぞ。ソラが風で周りの音を大きくして、相手の耳を封じたのは良かったな。その後、エリスが至近距離で、相手を攻撃するのも良かった。他のチームと比べると作戦としては一番を与えられるな」
思いの他、高評価で驚くソラとエリス。
「ただ、エリスはうまく気配や音も消せていたが、香水の匂いで位置がまるわかりだったな。そもそも香水つけてたら相手に位置がばれるぞ」
「え~、……だって変な匂いがしたら嫌じゃん。汗とか、その……体臭とか」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、腕をもじもじさせながらエリスはそう言った。
「……化粧とかが女性にとって大事なのはわかるが、今回のソラとの作戦には合わなかったな」
「……ごめんね。ソラ君」
「いや、大丈夫さ。今回はエリスさんの匂いを考慮しなかった僕にも責任はあるからね。決してエリスさんだけの責任じゃないよ。……それで先生、どうすれば今回の作戦はうまくいったのでしょうか?」
マルクトはソラの質問に考える素振りをみせる。
「そうだな~、あの作戦でいくなら、まずソラは風刃を使うのはやめた方が良かったな。あれは減点対象かな」
(そういえばそんなこと言ってたな~)
と思い出しているエリスを横目に見ながら、納得がいっていない様子のソラに何故かを伝えた。
「あの場面をよく思い出してくれ。俺の後ろにはエリスがすごく至近距離にいた。もしも俺が転移して避けてたらどうなる?」
その言葉を聞いて、徐々に顔が青ざめていくソラ。どうやら理解してもらえたようだ。
「……ごめんエリスさん。……確かに先生の言うとおりだったかも。君が側にいながら、あんな攻撃するなんて」
ソラは頭を下げて謝っていたが、
「先生が……私のために、私のために~」
当の本人は頬を赤く染め、両手で自分の頬を覆ってもじもじしていた。
どうやら、まったく話を聞いていないようだ。
そんなエリスを不思議に思いながら、俺はソラが自分の非を認める態度に感心した。
てっきりプライドの塊で、自分の非を認めないと思っていたのだが、案外素直なのかと評価をつけなおす必要がありそうだ。
別に彼がどんな攻撃魔法をしようが、当たれば痛い程度じゃすまないだろう。
問題は連携がまったくなっていないことだ。
こればっかりは一日二日でどうにかなる問題ではないのだが、それなら他にやりようはあるはずだ。
そして、それは俺が教えることじゃない。自分で考えることも修行のうちだからな。
その時、午後の授業開始十分前を知らせるチャイムが学園中に鳴り響いた。
「とりあえずここまでだな。今日は夜、『Gemini』に寄るんだが、ソラも一緒に来るか?」
「すいません。放課後には用事があるので僕は行けそうに無いです」
「……わかった。無理強いはする気ないから、気にしなくていい。それじゃ、遅れずに行くんだぞ。じゃあ解散」
「「ありがとうございました!」」
二人は元気よく挨拶をした後、教室の方に戻っていった。




