6話 魔導フェスタ9
これからのことも話し終え、侵入者の中で生き残った二人のうちの一人、実行部隊フェンリルの副隊長カムイを引き渡すためにクリスを呼び出したのだが、馬車から降りたのは何故かカトレアだった。
「お待たせして申し訳ありません旦那様」
カトレアは優雅な仕草で一礼した。
「お申し付けの通り馬車を用意して参りました。連行する方はどの方でしょう?」
「ご苦労……クリスはどうしたんだ?」
「クリス様は現在、他の仕事をしていて手が離せないらしく、私が代わりを申し付けられました」
「……そうなのか」
まぁ、手が離せないのなら仕方ないか。
(……そういえば、カトレアって今日現れた魔物のことを何か知ってるんじゃないか? カトレアも元は魔族だった訳だし、少し聞いてみるか……)
マルクトは、縛られたカムイを馬車に運んでいたカトレアを呼び止めて、先程現れた魔物の特徴を説明して心当たりがないか聞いてみた。
「申し訳ありません。そのような姿をした魔物を私は存じあげません」
「……そうなのか? お前でも知らない魔物か。気を付けた方がいいかもな」
先程の魔物は、魔王城にいる魔族より明らかに強かった。
それは、当時のベルやカトレアを含めても変わらない評価だ。
なにかしらの情報があれば対策のしようもあるが、魔王の側近を勤めるカトレアでも把握できていない魔物となると、新種の魔物なのだろう。
それにもかかわらず、あの強さで人を操る能力まで持っていた。
もう現れないと楽観視するよりも警戒を強めた方がいい。
それがマルクトの見解だった。
マルクトはカトレアにカムイの護送を命令した後、エリスとエリナを送り届けるため、二人が住んでいる『ジェミニ』に向かった。
三人を見送ったカトレアは、ふと何かを思い出す仕草をした。
「……もしかして『あれ』がもう来たのかしら? もしそうだとしても、旦那様によって撃退されたのなら安心ね。……一時の間は……」
不穏な言葉を不安そうに呟いた彼女は御者台に座ると、馬の手綱を操り屋敷に戻るのであった。
◆ ◆ ◆
「てめぇ、いい加減にしろよ!!」
マルクトは我慢の限界を迎えてカトウを怒鳴りつける。
マルクト達は今、カトウの家の前にいる。
エリスとエリナを家に送り届けた後、メルランとも別れ、アリサの件でカトウの家に向かったのだが、カトウが家に入りたくないと駄々をこね続けているのだった。
未だに家の鍵を開けようとしないでだらだらとなんか言い訳ばかり繰り返すカトウが、「だって~」と甘えた子どものようなことを言ったため、更にイラつくマルクト。横には、しゃがみこんで頬杖をついているアリサが溜め息をつく音が聞こえてくる。
マルクトの能力も、いくら体力や魔力が回復したって精神的な疲れまではどうにもならない。
「俺だって早く帰って休みたいのに、わざわざこんなところで立ち続けていたのは、カトウの決心がつくまで待ってやろうという俺とアリサの思いやり精神から来てるんだぞ! それをうだうだうだうだ悩みやがって! どけ!!」
「ちょっ、やめろマルクト! 頼むから。ちょっと待てーーー!」
マルクトはカトウを押しやって、カトウの制止の声を無視しながら家の呼び鈴を鳴らす。
呼び鈴を鳴らすと中から反応があり、しばらくしてから家の扉が開かれた。
中から現れたのは、マルクトの胸のあたり程の身長で赤毛のショートヘアーのかわいらしい女性。
彼女は目の前に立つマルクトと横に倒れている主人の姿を見て、溜め息を一つ吐いた。
「お久しぶりですね~、マルクトさん。また、主人が何かしましたか~?」
「あぁ、久しぶりだな。相変わらずミチルは察しが良くて助かるよ。この隣の馬鹿にも見習ってもらいたいよ」
この女性の名前はミチルと言って、カトウの奥さんである。
以前、マルクト達が灼熱竜の討伐に赴く際に立ち寄った村でカトウが魔物から助けた名もなき少女である。
その際、名前が無いのは不便だということで、カトウが勝手に名付けたのが「ミチル」という名だった。それから色々あってカトウと結婚した。
現在二十歳の器量のある良き嫁というカトウには本当にもったいない女性だと思う。
目の前で土下座でアリサの件をミチルにお願いしているカトウの姿を見ながら、マルクトはその事をアリサに説明した。
詳しい内容を夫から聞き終えたアリサはにこりと微笑む。
「私は構いませんよ~。あなたがそれを望むのでしたら、私は反対しませんよ~」
「……いいのか?」
「ええ、私も妹が欲しかったんですよ~!」
そう言いながら、アリサを抱きしめるミチル。
そのミチルの行動に戸惑いながらも、アリサは嬉しそうな表情をしていた。
それを見たマルクトはこの場に自分がいる必要はないと考え、カトウに断りをいれ帰路につくのであった。
◆ ◆ ◆
家に帰りついたマルクトは自室に戻ると備え付けられたソファーに腰を落ち着けて、クレフィに淹れてもらった紅茶を飲みながらこれからのことを考えていた。
おそらく、今日の事件は始まりに過ぎないだろう。
俺達が今日戦っていたフェンリルは実行部隊だと聞いた。
つまり、どこかの組織が裏で糸をひいているということ。
一応、今日捕まえたカムイという実行部隊フェンリルの副隊長からも話を聞くが、どれだけの情報を持っているかが問題なんだよな。
マルクトが思考に耽っていると、急に部屋の扉が開かれた。
マルクトが意識を向けると思ったとおりの金髪碧眼の少女がそこには立っていた。
少女は頬を膨らましており、体を震わせていた。
マルクトはそんな様子のベルに近寄ろうとしたが、ベルが顔を上げて、すごい勢いで抱きついてきた。
マルクトがベルの顔を見ると、彼女は目に涙を浮かべて力いっぱいにマルクトを抱きしめていた。
「……心配したんだよ」
彼女の口からその言葉は呟かれ、衣服を掴む力は強くなる。
マルクトはベルの様子を見て微笑ましくなり、彼女の頭を優しく撫でる。
「……ごめんな、心配かけて」
その言葉にベルは何度も頷くと、マルクトを見上げて、満面の笑みを見せた。
「もう心配かけさせちゃだめなんだよ!」
「ああ、わかった。約束するよ」
その言葉に満足した様子のベルは、部屋を出ていった。




