49話 大天使襲来[5]9
ミチルがカトウにとって、どれほど大切な存在かは知っている。
カトウにとってミチルはただの嫁と言い切れるような存在じゃない。
ニホンの記憶を失ったカトウは知らなかっただろうが、ニホンの記憶を取り戻したカトウにとって、ミチルはもう無くてはならない存在と言っても過言じゃない。
何故ならカトウは、この世界に来たことで一人の少女と生き別れになってしまったからだ。
これは灼熱竜と戦う前、カトウがミチルに名付けをした日の晩、カトウ本人から直接聞いた話だ。
カトウには幼馴染みの少年がいた。
その少年はあまり人と遊ぶことは無かったが、カトウだけはその少年と遊ぶ仲だった。
そして、カトウが十三歳の頃、その少年は不幸にも交通事故というものに遭い、命を落としたそうだ。
事故で轢かれるはずだったカトウを庇って……。
少年は死の間際、駆けつけ、自分の体を抱き寄せ涙を流すカトウに対して、こう告げたそうだ。
『頼む。ミチルを俺の代わりに守ってくれ……お前にしか……頼めないんだ……』
その少年には五歳に満たない妹がいた。
だが、産まれながらに病気がちで、病室から出してあげるのも難しい状態だったという。
少年に連れられ、何度か面識はあったものの、たくさん話す程親しい間柄ではなかった。
それでも兄を失い涙に溺れる少女の姿を見て、カトウは彼の代わりとして、彼女の病室に遊びにいくようになった。
毎日毎日、それが例え記録的な大雪であろうと、激しい台風のときであろうと、カトウは病院に向かった。
自分のせいで心の拠り所であった兄を失わせてしまった罪を償う為に、カトウは毎日病院に赴いていた。
そんなある日、カトウはその女の子に大きくなって病気が治ったら、自分と結婚してほしいと言われたそうだ。
だが、カトウは彼女の病気を治すには、成功確率が非常に低い手術をする必要があることを知っていた。
例え病気を治さずとも、病室でおとなしくしていれば生き続けることはできる。
だが、カトウはその子の生きる希望を絶やしたくなくて、彼女に了承の言葉を告げた。
それがきっかけだったという。
確かに今は成功率は非常に低い。
だったら将来自分が彼女の手術を担当できるくらいの優秀な医者となり、彼女をこの手で救えば良い。
それが、自分に出来る唯一の贖罪なのだと、カトウは寂しげな表情で言った。




