43話 マルクトの過去5
その報告が俺に与えた衝撃は大きかった。
彼の言葉があまりにも突拍子過ぎて、俺はその言葉を信じたく無かった。
だが、俺の内心を慮ってのことなのか、ジェフは土下座し頭を床にこすりつけた状態のまま、言葉を続けた。
「二ヶ月程前に行かれた旅先の村で流行り病が発生し、不運なことにマヤ殿下もかかってしまわれたのです。未だに治療法も解明されておらず、人への伝染も恐れられた為、王都に入れることも叶わず、そのまま……しかし、最後の最後まで、マヤ殿下はお兄ちゃんに会いたいと、お兄ちゃんに会って旅で楽しかったことをいっぱい伝えるんだと、笑っておられたそうです……殿下?」
不思議だった。
今までどんな話をされようと声が出ることなんて無かったし、どんなに頑張っても身体は動かなかった。
もう動くことはないと思い、全てを諦めていた。
だが、マヤの訃報を心が理解するのと同時に、不思議と涙が目から溢れていた。
両親に見捨てられた時ですら出なかった涙が、俺の目尻を伝って枕を濡らす。
俺は最悪の兄だ。
世界に二人しかいないとされる特別な才能を持っておきながら、それを誇示するだけで、磨こうとはしなかった。
こんな俺を兄なんかと慕う妹を突っぱねるだけで、受け入れようとはしなかった。
両親に見捨てられ、ジェフ以外の使用人からも腫れ物のように扱われるなか、マヤだけは前と変わらず接してくれていたのに……俺は、お兄ちゃんらしいことを一度もしてやれなかった。
身体が動ければと思ったが、それであっても果たして俺がマヤを救うことは出来ただろうか?
他人を蔑み、見下していたあの頃の俺に、人を助けることなんて出来ただろうか?
おそらく……いや、確実にそれはあり得ない未来だろう。
あの頃の俺にとって、妹は妾との間に出来た腹違いの妹で、鬱陶しいと心の底から思っていた。
そんな腐った性格がそうそう簡単に変わる訳がない。
例え、死の淵のマヤを見たとしても、せいぜい辛そうだなと思うくらいだろう。
まず間違いなくマヤを助けようとは思わないだろう。




