42話 二日目3
表面上では眉一つ動かすことない冷静な面持ちを保ちながら、内面では意気揚々といった状態で主君の眠る部屋へと向かうカトレアだったが、三階に着くと同時にエスカトーレ学園の制服を身につけたメグミと鉢合わせした。
「おはようございます、カトレアさん」
綺麗な所作で挨拶をしてくる彼女に対し、カトレアも挨拶を返す。
メグミという少女は、ベルの正体を知る数少ない人間の一人だ。
魔人であることを知りながらも、行き倒れになっていたベルを救い、魔王と知った後ですら、今まで通りの関係を築いている。
しかし、数ヶ月前に住んでいた村を盗賊団に襲われ、その際、両親を亡くした彼女はこの家の主であるマルクトに使用人として雇われ、今は住み込みで働いている。
しかし、マルクトの温情で、体裁上は彼の妹として過ごしている。
「今は何をなされているんですか?」
「今からお嬢様を起こしに行くところです」
何気ない質問に対し、何気なくそう答えると、何故かメグミは驚いたような声をあげた。
「さっき部屋見た時にいなかったから、てっきりもう起きてるんだとばかり……」
口元に手を当て、驚いた様相のメグミ。だが、彼女よりもカトレアの方が衝撃を受けていた。
(お嬢様がいない? いつものお嬢様ならまだこの時間は寝ているはず……まさか一人で起きたとでもいうの?)
それは無いとは言い切れない。可能性で言うならばそちらの方が断然高いだろうが、今のカトレアにとって、最も確率の高い可能性は他にあった。
(まさか……攫われた?)
昨日出会った謎の男が頭の中に浮かぶ。
先代魔王のことを知っており、なおかつベルの正体をも一瞬で見抜いたあの男が、脳裏を過る。
この世界の人間は魔界からやってきた魔族をひどく憎んでいる。
多くの人間は魔王を殺したいほど恨み、マルクトのような例外は稀と言わざるをえない。
自分ですら身体を動かすことができなかった相手。相当な強者に違いない。
「顔が真っ青ですけど、どうかしたんですか?」
不安そうな表情でメグミが訊いてきたことで、カトレアは我に返った。
(とりあえず旦那様に報告しなくては!!)
その結論に至ったカトレアは、メグミの質問に答えることなく慌ててマルクトが眠る二階の部屋へと向かった。
一刻も早くベルを探さなければならないと考えているカトレアに、部屋の扉をノックする余裕などなく、彼女は鍵のかかった扉を勢いよく開けた。
「大変です、旦那様!! お嬢様が部屋におりませ……ん……」
余談だが、魔人には夜に強いという特性がある。
これは太陽のような強い光源の無い魔界に育った種族の特徴であり、魔界で生まれ育ったカトレアも例外ではない。
要するに、暗い部屋などカトレアにとって昼間となんら変わらない情景で見えるのだった。
そんな彼女の視界に映った二人の男女。
男はベッドでぐっすりと眠り、幼き少女はそんな男を抱きまくらでも抱いているかのように眠っていた。
カトレアは大きく息を吐き、証明のスイッチを点けた。
制限を解除された証明が、人体に影響を与えない範囲の魔力を周囲の人間から吸収し、眩しく光る。
すると、目覚めないながらもマルクトは目元をしかめ、寝返りを打った。
それは不幸にも抱きついているベルと顔を見合わせる形となった。
そのタイミングで、遅れてやってきたメグミがカトレアの後ろから中を覗く。
顔は見えないが、その後頭部からいなくなったベルだとすぐに判断し、ほっと胸を撫で下ろした。
「良かった、こんなところで寝てたんだ……カトレアさん?」
先程から言葉を発さず、ただ小刻みに身体を震わせるカトレアに、メグミは疑問を抱いた。
そして、カトレアは目から涙を流しながら、怒りのこもった表情でマルクトを睨み、大きく口を開いた。
「私でさえ絵本を読んであげることしか許されなかったのに……どうして貴方がお嬢様と一緒に寝ておられるのですかぁああ!!」
そんな彼女の怒声から、この日は始まった。
正直に言いますと、この3話は数行でまとめることが出来たところをカトレアという出番が少な……重要キャラを用いて広げただけです。
こういうの書くの楽しい♪




