42話 二日目1
カトレアの朝は早い。
どんなに心身が疲れていようと、彼女はそれを表情に出すことなく、完璧に身なりを整えて、部屋を出る。
寝癖、欠伸、どんな些細なことでも自身の身だしなみを崩すような真似は絶対にしない。
もし、身だしなみを怠れば、彼女が仕える主、ベルフェゴールという少女に多大な迷惑をかけてしまうことになる。
それだけは絶対にあってはならない。
魔王の力を先代より引き継ぎ、今も立派な魔王になるべく精進なされているベルフェゴールに迷惑はかけられない。
「おあようございます、カトレアさん」
廊下を歩いていると綺麗な緑色の髪を寝癖だらけにしたリーナが、欠伸をしながら挨拶をしてきた。
元魔人のカトレアからすれば、魔王の命を何度も狙おうとする人間族と一つ屋根の下に暮らすのは耐えられない。
だが、マルクトという人間の庇護下にいなければ、自分達はこの世界で生きていくことは叶わない。
「おはようございます、リーナ先輩」
カトレアは眉一つ動かさず、真顔でリーナに対して頭を下げた。
「うんうん、今日もカトレアさんはクールだねー。一緒に食堂行こ」
「……まさかその格好で行かれるのですか?」
「ん?」
本気で頭を下げているリーナに対して訝しむような目を向けるカトレア。だが、すぐに理解した。
(もしかして下で身だしなみを整えるつもりなのだろうか?)
勝手に納得したカトレアは、リーナと共に食堂へと向かった。
だが、リーナはカトレアの予想に反し、洗面所に向かうことなく食堂に直行した。
その行為に直前で気付くも、カトレアが声をかける前に、リーナは食堂に通ずる扉を開けた。
扉を開くと、一切の乱れもなく執事服を着こなした男性が食堂に飾られた花の手入れを行っていた。
「カトレア殿、リーナ、おはようございます」
「おはようございます、クリス様」
「おふぁよう、クリスさん」
一切の動揺を感じさせない佇まいを流石と思いながら、カトレアはクリストファーに対して頭を下げる。
「ところでリーナ、その頭はなんなのですか? 毎度毎度同じことを言わせないでください。貴方は旦那様の使用人としてここにいるのです。人前に出ても恥ずかしくない格好をしなさいと何度言ったらわかるのですか!!」
「す……すみません」
あからさまにしょげている先輩に対し、カトレアは同情をするつもりはない。むしろ、こんな人ですら見捨てずに根気強く態度を変えさせようとしているクリストファーを心の中で密かに尊敬していた。
部下に対し、我慢しろとしか言うことができなかったあの頃の自分とは対照的だった。
主君が戦闘のせの字も知らない子どもになった時、自分はいずれどうにかなると傍観していた。
不満を隠そうともしない配下に対し、子どもだから諦めろと不満を募らせるようなことしか言えなかった。
早く力をつけ、自分達を導いてほしいと思い、主君を強くしようとしたが、それも結果的には主君の不満を買うだけでたいした成果にはならなかった。
だが、その方法は間違っていた。
主君が弱いのであれば、主君を支える為に自分達が動く必要があったのだと、カトレアは彼を見て学んでいた。




