41話 明日に備えて12
「…………なんでここに寝てんの?」
俺のベッドで健やかな寝息を立て、気持ちよさそうに布団を蹴っているベルが、何故か俺の部屋で寝ていた。
一瞬寝ぼけて部屋を間違えたのかと思い、部屋の内装を確認するが、ここは間違いなく俺の部屋だった。
何故彼女がこんなところで寝ているかはさっぱりわからないが、ベルは一度眠るとテコでも起きないことは知っている。
彼女を起こして理由を聞くことは難しいだろう。
だが、ベルと一緒に寝れば、カトレアがなんて言うか……絶対怒るんだろうなぁ……。
「はぁ……部屋まで連れていくか……」
そう思ったが、ベルの部屋は三階だったことを思い出し、面倒なのでやめた。
「てか、別に子どもが大人と寝るのなんて普通だよな?」
疲労で頭がおかしくなったのか誰にするでもなく言い訳口調になっていた。
そもそもベルを魔王だと知った日も、一緒のベッドで寝ていたんだ。
今更なにを躊躇うことがあるだろうか?
俺はベルが蹴っていた布団をただし、彼女の隣で横になった。
(別に俺が仕組んだことでもあるまいし、カトレアに文句を言われてもどうとでもなるか……)
そう思っていると、いきなり隣で寝ていたベルが寝返りをうち、こちらにあどけない寝顔を向けてきた。
昼間はあんなに活発に動き回り、誰彼構わず笑顔を振りまく少女。
彼女の正体を知らなければ、多くの者がこの子に笑みを返すことだろう。
そう……知らなければ、だ。
もし、この子の正体がばれた時、人々はこの子をどう思うだろうか。
多くの魔物や魔人を引き連れてきた魔王?
四大国家に数えられる世界最大の軍事国家グルニカをたった一人で壊滅させた魔王?
この子は齢五歳という若さで魔王の力を意図せぬ形で引き継いだ。
だが、それを知っている者は限りなく少なく、多くの知らない者はこの子を残虐なる魔王と見るだろう。
それはこの子が親しくしているクラスメイトも例外ではない。
「……お父さん……」
ベルの口からその言葉がボソリと呟かれる。
見れば、彼女の目には涙が溜まっていた。
五歳の頃、両親から見捨てられた俺には、父親なんて必要ない存在だとしか感じない。
でも、それは今の俺だから言えることだ。
あの頃の俺は、親に見捨てられ、最早部屋にすら来ない家族を嘆いた。
受け入れるのは簡単じゃない。
寂しくないはずがない。
悲しくないはずがない。
この子はシズカが自分の命をかけてまで護った存在。
だが、俺にとってベルはもう、それだけの存在じゃない。
「例え世界中の皆がお前に向かって石を投げるようなことになったとしても、俺がお前の傍にいる。俺がお前の味方になってやる。だから、ベルはいつまでもそのままのベルでいてくれよ……」
意識の無いベルをそっと抱き寄せ、俺は聞こえていないとわかっていながらも、その言葉を彼女に告げた。
すると、ベルの悲しそうな表情は、安堵したような笑みに変わった。
俺は、ベルの目元に溜まった涙を指で拭い、おやすみと一言告げてから、深い眠りについた。




