41話 明日に備えて10
「…………なんでマルクト君がいんの?」
「よっ、久しぶり。なんかお疲れみたいだな」
ようやく覚醒したカナデは俺の存在に気付くと、一瞬啞然とした後、ようやく俺に声をかけてくれた。
「あんまり寝顔って人に見られたく無いんだけど……」
「だったらこんなとこで寝るんじゃねぇよ。俺だって食堂じゃ寝らんぞ」
「え? でもこの前食事のお盆を下げに行ったらご飯に顔を突っ伏してたって――」
「おいちょっと待て、それ誰から聞いた? いや、やっぱり答えなくていいわ。メグミめ、あれほど人に言うなって言ったのに……」
「一応名誉の為に言っておきますが、話を切り出したのはベルちゃんですよ」
「あいつ見てやがったのか……」
「クク……」
目の前でくつくつと笑うカナデの姿を見て、羞恥で顔が赤くなるのを感じた。
「悪い悪い、別にマルクト君のことを笑ったわけじゃないんだよ」
「本音は?」
「七割さっきの話が面白かったから」
少し痛い目を見てもらおうと軽い水弾を放とうとすると「わーごめんごめん!!」と勢いで謝ってきた為、撃つのは中止した。
「いやね、全然人に懐かないアリスちゃんが、すっごく楽しそうだなって思ってさ。つい嬉しくて笑っちゃったんだよ」
隣を向けば、アリスが顔を真っ赤にして俯いていた。
「最初はさ、あの無愛想で女の子の気持ちなんてまったく考えていないようなマルクト君が担任の先生だって聞いた時はびっくりしたけどさ、結構立派に先生やってんだね」
「……あんまり自信は無いがな」
楽しそうな彼女の笑みに、思わず笑みがこぼれてしまう。
だが、案外彼女の言う通りなのかもしれない。
ひとりよがりで勝手して、周りのことなどほとんど考えてなくて、周りに目を向ける余裕すら無かった。
今だからわかるが、本当にあの頃は自分のことしか考えてなかったんだな。
「……お前の目からも俺が変わったと思うか?」
「おっ、その反応は自覚ありありだった感じ?」
「そりゃそうだろ。十年前の俺なんて周りの人間は全員敵だと思ってたんだぞ? あの時に比べりゃよっぽどマシってもんだ」
「十年前のマルクト君を私は知らないからなんとも言えないけどさ、少なくとも初めて会ったあの頃よりかは良い男になってるよ。……それに比べてうちの旦那ときたら……」
笑みを浮かべていたカナデの表情が一瞬で怒りをはらんだものになった瞬間、俺はすぐに察した。
(あ……これ、長くなるやつだ……)
その後、俺とアリスは小一時間ほど、ユリウスや仕事に関しての愚痴を聞かされる羽目になった。




