41話 明日に備えて7
若い内なら苦手も克服しやすい。
今はアリスの要望通り、基礎の魔法を重点的に教えているが、彼女が将来就きたい職業に合わせて、特訓のメニューを考え直す必要がある。
もちろん後から考え直すのもありだし、今無理して決める必要もない。
彼女の将来なんだ。彼女のしたいようにすればいい。
「……です……」
俺の耳にボソボソと霞んでいくような声が届く。
呟いたアリスの方を見てみれば、彼女は耳まで真っ赤にしながら顔を俯かせていた。
「すまん。声が小さくてうまく聞き取れなかったんだが……もう一度言ってくれないか?」
「せ……先生のお嫁さん……です……」
今にも消え入りそうな声で紡がれたその言葉に、俺は絶句した。
以前、アリスがキャンプの最中に告白してきた際に、彼女の心情は知ったが、まさか再度アタックしてくるとは……。
マリアといい、この子といい、俺の何処にそんな魅力を感じるんだ?
「アリス……前にも言ったようにお前の気持ちには答えられない。もちろんお前のことが嫌いな訳じゃない。それどころか、俺はアリスに慕われているという事実を嬉しく思うよ。だけど、アリスは俺よりずっと若いんだし、もっと良い人が――」
「先生より良い人なんていません!!」
食い気味に声を荒げるアリスに、俺はすぐ言葉が出せなかった。
そんな俺を彼女の強い意思が宿った瞳が射抜く。
「初めてマルクトさんを見た日、初めてお兄様が負けるところを見ました。圧倒的でありながら、それでいて周りへの配慮と他者への敬意を忘れない貴方の戦い方に、わたくしは魅入られたのです。だからわたくしは……」
涙をポロポロと流し始めたアリスに驚く自分と、そんな彼女を見ても一切動じない自分が、俺の中でせめぎ合う。
彼女をきっぱり諦めさせた方が、将来的にも良いと思う。だが、彼女を傷つけて後々の関係性が悪化するような事態は避けたい。
どう答えればいいのか悩んでいると……
「あー!! 師匠がアリスお姉ちゃんを泣かせたー!!」
背後からの声で、俺は一気に現実へと引き戻された。
周りを見れば、人が俺達の方に注目しており、ひそひそと少女を泣かせた俺を責めている。
一目で分かる。
これはやばい状況なのだ、と。
「……この話はまた今度にしませんか?」
「そうだな。ここは人目につきすぎる」
自分の指で涙を拭ったアリスからの提案に、俺は同意し、立ち止まっている彼女に手を伸ばした。
すると、アリスは俺の手を握りながら、笑みをこちらに向けてきた。
「先生……わたくしは何度断られたって、先生のことを諦めるつもりはありませんから」
その言葉に苦笑しつつ、俺達は帰路へとついた。




