41話 明日に備えて5
「……はいはい、そっちに行けばいいんでしょ、行けば」
うんざりした様子でそう言いながら、ヒカルは粉々に砕け散った木片を触れることなくひとまとまりにして、部屋の片隅に塵の山を造りあげた。
「後は頼んだよ、ヤン」
「かしこまりましたでヤンス」
深々と自分に対して一礼するヤンに微笑みかけ、ヒカルはその部屋へと赴いた。
部屋の惨状は酷いものだった。
国内でも最高峰と呼ばれるだけあって、部屋の調度品も相当値の張るものだったのだろう。
それらが今は、ただの残骸と化していた。
壁のところどころには殴られたような跡があり、拳の形をした傷跡の周りに不均一の大きな窪みが出来ている。
強力な一撃で殴られたのだと容易に想像がついた。
それにもかかわらず、最初の一撃以降、一切の音が発生していなかったのは、あの男がルーンを使用したということなのだろう。
凄惨たる惨状の中、部屋の中央にある一人用のソファーにその男は項垂れるように座っていた。
藍色に近い青い髪をオールバックにした金色の鋭い瞳の男性が、ヒカルを睨む。
どうやら歓迎はしていないが、追い返す気もないようだと悟ると、ヒカルはその表情に笑みを見せる。
「だいぶご立腹のようだね。とすれば、どうやら筋肉ダルマの言ったことは本当だったみたいだ」
「なんの用だ」
怒りをはらんだ低い声が、ヒカルを威圧する。
だが、ヒカルはそれを意にも介さない。
「せっかく私が君の頼みを訊いて彼を鍛えてあげたのに、直前で邪魔されたのがそんなに嫌だったのかい?」
答えるつもりが無いのかだんまりを決め込むボナパルトの周りを、ヒカルはゆっくりと回る。
「いっそのこと、彼らを追い返せばいいじゃないか。いつもの君がそうするように。まぁ、私としては、君と戦わせるにはまだ早いと思ってたし、この横槍は大歓迎だがね」
「……つまりは貴様が仕組んだことだと?」
怒りのギアが一段階上がったボナパルトの鋭い瞳が、ヒカルを睨む。
だが、ヒカルは顔色を一切変えずに答えた。
「残念だが違う。正直やろうかなと考えていたのは事実だが、この前あの子と会って、あの子の意思を聞いた時、横槍を入れるのは辞めたんだ。……グリルの子の件に私は関わるつもりは無いよ」
「そうか……」
ボナパルトの怒りは収まった訳では無いが、少なくとも自分に向けられた怒りがなくなったのを確認し、ヒカルは改めて訊いた。
「それで、君はどうするつもりなの? あの子の邪魔をするってつもりなら私が直接止めるけど?」
怒りとは異なる覇気に近い威圧感が、ヒカルの身体から放たれる。
だが、ボナパルトはそれに対し、くつくつと笑った。
「貴様と戦うのも面白そうだが、今回は我輩にも介入出来ない事情があるのだ」
ボナパルトの鋭い瞳が、ヒカルとは違う方へと向けられた。ヒカルもつられてそちらを見ると、そこは自分が入ってきたのとは別の扉があるだけだった。
直後、その扉がひとりでにゆっくりと開き、中からつばのついた帽子を目深に被った幼き見た目の少女が入ってきた。
「まさか……冗談だよね?」
ボナパルトの威圧感にも、怒りにも一切表情を変えなかったヒカルの表情が少女を見た瞬間、一気に青ざめていく。
そんなヒカルに対し、ボナパルトはゆっくりと告げた。
「その子が奴らとの交換条件だ。その子を我輩の管理下に置く……それで我輩は手を出さない。これがあの爺さんとの規約だ」
「……あはは……この子を送るなんて……相当危機的状況って訳か……」




