41話 明日に備えて1
ヴァルテンデラは必死の形相で手に握る槍を振るっていた。
だが、その槍が向けられた相手は、まるで脅威にすら思っていないかのように、涼しい表情で避けている。
いや、実際に脅威とすら思っていないのだろう。
肩にも届きそうな程の綺麗な金色の髪は、軽やかに動く青年の動きに合わせて宙を舞うが、ヴァルテンデラの槍は意思を持たぬ髪にすら当たることはない。
目元を隠す仮面の奥から覗く紫紺の双眸が相手を睨むように鋭く光ると、槍を振るっていたヴァルテンデラの表情に怯えの色が浮かぶ。
(くそっ、なんなんだよこの男は!!)
ヴァルテンデラもそれなりの実力者であるという自負はあった。
素早く動く魔物相手にも遅れを取ることはなく、飛んでいる魔物ですら自分は容易に狩れる。
例えどんな相手が来ようと自分の敵ではないと、この戦いが始まるまではそう思っていた。
そう思っていたのだ。
ところがどうだ。
相手は動きにくそうなローブを身に着けているにもかかわらず、難なく自分の槍を避けている。
それだけではない。こちらがどれだけ攻撃しようと相手の青年は攻撃どころか武器すら見せやしない。
目の前の事象が雄弁に語ってくる。
目の前にいる青年には逆立ちしようと勝てないのだ、と。
まだ二十代の若者としか思えないようなこんな男に、だ。
「まさか最初にあれほど大層なことを言っておきながらこの程度の実力しか無いのか?」
青年の形の良い口がその言葉を告げると、ヴァルテンデラは歯をきしらせ、持っていた槍で大振りの薙を放った。
だが、槍が相手の青年に当たることは無かった。
グサリとなにかが地面に刺さる音がヴァルテンデラの耳に届く。
何が刺さったのかは、見るまでもなくわかった。
何故なら彼の握る槍の先端部分が、すっぱりと斬られているからだ。
(……剣……なのか?)
確証を得られない程一瞬で斬られてしまったことに驚きを隠せないヴァルテンデラ。
だが、そんな隙だらけの対戦相手を放っておくほど、青年は優しく無かった。
喉元に突きつけられた剣先で、ヴァルテンデラの意識は現実へと引き戻され、酷な状況を突きつけられた。
青年の持つ剣は、レイピアであった。
「このまま降伏するか、それとももっと痛い目を見て敗北を受け入れるか……どちらか選ばせてやろう」
その突きつけられた選択肢は、既に戦意を失っていたヴァルテンデラにとって、唯一の救いだったのだろう。
「まいった……いや、参りました」
絶望に染まった表情で涙ながらにそう呟いたヴァルテンデラはその場でへたり込み、正体不明の青年の後ろ姿を見送った。




