40話 マルクトVSティガウロ2
この試合を、どれほどの者が待ち望んでいたことだろうか。
多くのなにも知らない人間にとってはただの消化試合にすぎないのかもしれない。
だが、その二人をよく知る人物ならば、その試合からは一秒たりとも目を逸らせないだろう。
片や、世界に二人しか存在しないとされる黒ランクの魔法使い。
片や魔導王国マゼンタの現国王ユリウス・ヴェル・マゼンタの懐刀。
神秘の力を身に宿しながら、その実力の底を見せない者同士の戦い。
その戦いが今、始まろうとしていた。
「トーナメント表でわかっていたこととはいえ、やっぱりもう少し上の舞台で戦いたかったな。実況や解説がつくのは準々決勝からだし、今からでもユリウスに無理言うか……」
「僕はむしろ静かにやれていいですよ。つまらない言葉で僕とマルクトさんの戦いを邪魔されたくないですから」
丁寧な口調でありながら、その身から感じ取れるのは暴風のように荒れ狂うオーラ。それを見ていると、つい口元がにやけてしまいそうになるが、マルクトはそれを自制心で落ち着ける。
「……どっちにしたってこの結界がある限り、声がこっちに届くことは無いさ。さて、そろそろ時間か……」
そう告げると同時に、試合開始の鐘の音が、結界内に響きわたった。
(さて、どう動くか……)
悠長にそう考えているマルクトとは対照的に、ティガウロの身につけていたローブがはためき始める。
「空間転移」
魔法を使えないはずのティガウロの口から発された言葉の真意はマルクトも理解している。
しているからこそ警戒を強めた。
はためくローブから出された両の手に握られた黒色のトンファーがマルクトの視界に映る。
いや、誘導されたというのが正しいだろう。
瞬間的に放たれた閃光が、マルクトの視界を真っ白に染めあげる。
「くそっ、やりやがったな!?」
視力が潰され、目でティガウロの姿を捉えるのは不可能と感じたマルクトは、聴力に頼ろうとした。
だが、マルクトの耳に届いたのは囁きの声のみだった。
「エリスの対戦相手のやり方を参考にしてみました。これなら魔法に見えますからね。あと、音に頼っても無駄ですよ」
直後にティガウロのトンファーを持った右手がマルクトの無防備な鳩尾を穿つ。
その一撃はマルクトを数メートルほど後方へと押しやるが、ティガウロは何故か舌打ちをした。
「思った以上に硬いな……」
かなり本気で殴ったというのにまったくと言っていい程手応えを感じないことに一抹の不安を覚えるが、ティガウロはすぐに攻撃体勢に移る。
視力を奪ったこの状況を逃す訳にはいかない。
ティガウロは開いた距離を音も経てずに一瞬で詰め、マルクトの無防備な右側頭部に飛び蹴りを放った。
並の人間なら最悪即死レベルの一撃だというのに、マルクトの顔は少し動く程度で赤く腫れることすら無い。
その事実はティガウロに不審感を与えるが、その程度で止まるティガウロでは無かった。




