39話 屈辱7
「貴方はきっと可愛らしいお嬢さんで、家族や周囲の人間からも慕われる存在なのでしょうね。魔法の才能もあって、貴方はそれが認められる環境にいる。……羨ましい限りですよ!!」
突然放たれる殺意に近い怒りの感情。不意にエリスは異様な嫌な予感を察知し、横に避ける。だが、先程と違って攻撃が放たれたような音を確認することは出来なかった。
何かがおかしい。
そう思っていると、エリスの耳に声が届く。
「ホワイト国家で魔法という才能を持つ自分がどれだけ異端視されたことか……父にも母にも見捨てられ、心の底から信頼していた婚約者に秘密を打ち明けた瞬間、私がどれほど惨めな気持ちを味わわされたか……この国でぬくぬくと生きてきた貴女には一生わからないでしょうね」
それは異様な現象だった。
地面を歩く音もしない。ユミールの声以外の音は一切聞こえない。にもかかわらず、四方八方からユミールの声が反響して耳に届く。
幻聴か?
それを直感が否定する。理解し難いが、これは現実に起きていることなのだ。でなければ、ユミールという女性は、世にも珍しい光属性と闇属性の二属性持ちということになる。
不意にエリスの腹部に衝撃が走る。インパクトによる衝撃の伝達だ。
痛みに悶えるエリスに追撃の手が休まることは無い。そして、攻撃が収まる頃にはもう、エリスには立ち上がる程の余力すら残されてはいなかった。
エリスの手がゆっくりとユミールの元に伸ばされる。目の見えないエリスに自分の位置がわかるはずが無いと確信しているユミールにとって、それがまぐれであるということは理解出来た。
しかし、疑問に思ったのは別のものだ。
「何故そこまで勝ちに拘るのです?」
それは始めの頃と同じ落ち着いた様子の声だった。だが、エリスには既に、攻撃魔法に回すだけの余力は残されていない。
不意にエリスの手が握られる。
「貴女に勝ち目が無いということは貴女が一番わかっているはず……その目も早く処置をせねば私のように光を失いかねませんよ?」
エリスの手がユミールの手を強く握りかえそうとするが、すぐにその力は解かれ、エリスの目から涙が流れ始めた。
「私は……勝たないと駄目なの……バカして出れなくなったエリナの分まで……私が勝たないと……」
ユミールはその言葉を聞いた瞬間、そうですかと小さく呟き、左手に握っていた弓を肩にかけ、エリスの目に手を当てた。
オレンジ色の温かい光が流れてくるような感覚を覚え、エリスは閉じていた目を開く。そこは暗闇の世界では無かった。
「なん……で?」
目が見えているこの状況に驚きを隠せないエリスの前でユミールは微笑み、そして、結界の外にいる審判に目を向けた。
「審判、私は棄権いたします。勝利をこの少女に」
その言葉に会場はどよめくが、一番驚いているのはエリスだった。
だが、彼女の動揺や感情など関係なしに状況は進んでいき、すぐにエリスの勝利が審判の口から放たれるのであった。




