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弟子は魔王  作者: 鉄火市
第7章 最強決定戦編
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38話 マゼンタ最強決定戦9


「カトレア〜師匠(せんせ~)はどこ行ったの〜」

 自分の膝に座りながら可愛らしく聞いてくる自身の主に、つい顔が綻んでしまう。

「申し訳ございません。私にも何処に行かれたか把握しきれておらず……旦那様はいったい何処に行かれてしまわれたのでしょう」

 本当は魔王様以外の者、ましてや人間如きを主人などとは死んでも呼びたくなかった。しかし、彼だけは別だ。

 死に瀕している自分を助けただけでなく、安全な住居と食事、おまけに魔王様の訓練にも付き合ってくださっている。彼の助力が無ければ、とっくに魔界と魔王様は滅びていたことだろう。そう思うと感謝せずにはいられない。

(……そんな旦那様が離れるということはよっぽどの用事ということなのだろう)

 目を閉じ、そう確信した時だった。

「ほぉ、これがあのグリモワールの幼き娘子か。あやつには全然似ておらんな」

 そんな声が聞こえ、目を開けてみれば、そこには黒いローブに身を包んだ老人が立っていた。とはいえ、顔が見える訳ではない。声が老人の男の声だと直感的に認識したまでだ。

「おじさんだぁれ?」

 ベルが自分を撫でる老人に問う姿を見て、カトレアは急いで彼女をその男から離そうとした。しかし、何故か体は全然動いてくれなかった。

「そう慌てるでない。そこの男もだ」

 目で制されただけで、声すらも出なくなってしまう。

「今回はグリモワールの娘子に直接会っておきたかっただけじゃ、心配せずとも殺しはせん。もっとも、殺せばどうなるかわからぬ以上、殺さんがな」

 嘘とは思えない。しかし、その言葉を裏返すなら、邪魔すれば、自分の命は無いということだ。

「マルクトは居らぬのか?」

 男がティガウロという人間に向かって問う。

「マルクトさんなら急用が入ったとかでタイミング悪く出かけてしまっていますよ」

「……入れ違いになってしまったようだな……では、言伝を頼む」

「……伺いましょう」

「二十年も猶予を与えてあの程度とはつまらぬ。第四回戦、せいぜい我輩に殺されぬよう気をつけることだな」

 その言葉だけを残し、黒いローブの老人は忽然と姿を消した。


 ◆ ◆ ◆


 魔導学園エスカトーレの敷地内にあるスタジアムとは異なり、本会場には天幕しかない。その為、本会場の運営委員会や治療の魔法に長けた魔法使いはここで待機している。

 だからこそ、ここの設備はあまりよろしくない。

 カトウに案内されて入った天幕には、一人の女性がベッドに寝かされていた。いや、俺は彼女が誰かを知っているから女性だと判断出来たが、見知らぬ誰かが彼女を見ても、すぐには女性だと判断することは出来ないだろう。

 なぜなら、彼女の顔は白い包帯でぐるぐる巻きで覆われ、目と口と鼻でしか判別出来なくなっていたからだ。

「……何があった?」

 変わり果てた姿になってしまった同僚を見て動揺を隠しきれなかった俺は後ろにいるカトウを見て聞いた。カトウは彼女を見て顔をしかめる。

「対戦相手が強すぎたんだ……彼女の攻撃が一切通じないうえに結界の魔法まで簡単に破る実力者だ……メルランも全力で抵抗したんだが……」

 カトウの目から涙が溢れ、頬を伝って地面に落ちた。

「止める間すらなかった。ローブの男がメルランの顔面を殴ったその光景を……俺は近くにいたというのに止めることすら出来なかった……」

 カトウは歩く。

 そして、寝ているメルラン先生の頬を撫で、悔しそうに涙を流した。

「……俺は出来る限りの力を使って治療した。ルーンも使った!! でも駄目だった!!! 彼女の命はなんとか救えても、彼女の顔に残った傷はどうにもならない!!」

 カトウの回復魔法は俺よりも精密だ。それは攻撃の魔法があまり得意ではないカトウにとって、自分の力を証明するためにと必死に勉強した成果だからだ。そのカトウが不可能といったのであれば、そういうことなのだろう。

「……なぁ、マルクト……」

「なんだ?」

「俺は自分の力が万能だと思ってた……ルーンはなんでも出来ると……そう思ってた……」

「……そうか……」

「でも違った。俺のルーンは人も生き返らせることが出来る! 人を回復させることだって出来る! 人を殺すことだって出来る!! ……それなのに!! なんで大事な教え子を救えない!! なんで彼女の顔を元通りにすることが出来ない!!! 教えてくれよマルクト!! ……俺はどうしたら彼女を救える?」

 胸ぐらを掴まれた。声を荒げて、必死な形相で聞いてくるカトウに対し、俺は何も答えることは出来なかった。

 ルーンは神が与えた力だと人は言う。

 だが、ルーンは万能じゃない。できることはでき、できないことはどんなに足掻いてもできない。

 だが、その言葉を彼に告げるのは憚られた。

 カトウの目から流れるその涙が、俺の口からその言葉を吐かせるのを躊躇わせた。


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