38話 マゼンタ最強決定戦4
メルラン先生と一緒に試合を観戦していた私には、何が起こっているのかまったくわからなかった。
私が決勝戦であんなにも苦戦したクレフィ先輩を前に、マルクト先生は避けることすらしなかった。先生が展開した結界魔法は、クレフィ先輩の凄まじい合成魔法を受け、ぼろぼろになっているのがここからでもわかる。
でも、ここから見える先生には、焦っている様子すら見えなかった。攻撃しているクレフィ先輩が息を切らしても、先生には届いていない。
まるで赤子の体当たりを笑って受け入れる大人のように、先生は彼女に反撃していない。
そして、遂に私を負かしたあの合成魔法『エンゼルウィスパー』をクレフィ先輩が発動した。
それよりも少し遅いタイミングで、先生が初めて攻撃の意思を見せた。
先生の周りに浮かんだ六つの色が異なる小型魔法。
でも、それが周囲にどんどん増えていって、クレフィ先輩の魔法が完成する直前に、それら全てが一つに纏まった。
クレフィ先輩の魔法発動は速かった。
一秒にも満たないだろうけど、確かにクレフィ先輩は、先生よりも速く魔法を放っていた。でも、クレフィ先輩のエンゼルウィスパーは、先生の六属性の合成魔法に容易く飲み込まれ、六属性の合成魔法は、そのままクレフィ先輩を襲った。
だけど、クレフィ先輩はフィールドに立っていた。
マルクト先生の方を見ながら呆然と立ち尽くし、スクリーンに映った先輩の瞳から一筋の涙が流れる。
クレフィ先輩は、はっと気付き、慌てて目元を拭っていたが、私にはあの人の気持ちが痛い程わかった。
圧倒的過ぎたんだ。あの人でも手も足もでないくらい、先生の実力は圧倒的だった。
「魔力の限界です……参りました……」
クレフィ先輩はすぐに自ら降参し、フィールドを去っていった。
◆ ◆ ◆
「…………やりすぎた……」
控え室のベッドに腰を下ろし、俺はさっきの試合の反省をしていた。
明らかにあれはやりすぎだ。クレフィの成長が垣間見えたのが嬉しくてテンション上がっちまった。……いくらなんでもあれはねぇよ。最後なんて、見本を見せたくてついあれを撃っちゃったけど……よくよく考えてみればあんなん撃てるの俺くらいだし……外れるように撃つなんて宣言してないんだから怖いに決まってる。
「はぁ……」
「溜め息なんてらしくないことしてますね?」
扉がノック無しで開かれたと思えば、ティガウロが呆れた様子でそんなことを言ってきた。
「それにしても大人気ない試合をしてましたね」
「ぐっ……」
「普通あれはないでしょ。相手の子泣いてたじゃないですか」
「かはっ……」
「前々から思ってましたけど……本当にアホなんですか?」
的確に心を抉ってくるティガウロの口撃。だが、今回ばかりは全てがその通りなのでなにも言い返せない。
俺は体に重りが乗っかったような感覚を覚えながら、次の試合の為に、控え室を出て皆のところへと戻った。
皆が試合を観戦している場所に向かえば、そこには一足早く戻ってきたクレフィが座っていた。
思わず鉄柱の影に隠れてしまったが、なんとも戻りにくい。……とはいえ、同じ家に住んでいる以上、このままという訳にはいかない。
てか、よくよく考えてみれば、なんで俺って勝ってるんだ?
仕事仕事仕事の日々で疲れてるんだし、早々に負けて帰って休んでもよかったんじゃないのか?
別に今更報奨金に興味がある訳でもないし、名声に興味がある訳でもない。強いて言うのであればものすごく休みが欲しい。
それなら程々に相手して、違和感を持たれることなく敗北すればこんな気持ちにも…………。
「いや……それは全身全霊で戦ったクレフィに対して失礼だな」
心に溜まったモヤモヤを吐き出すように溜め息をつき、俺は彼女達の元に向かった。
「クレフィ」
そう声をかけると、彼女は恐る恐るといった風に振り返ってきた。椅子に座る彼女は立っている俺を見上げている。
「俺はお前に対して謝罪の言葉をかけるつもりはない」
側にいたエリス達が驚いたような表情をこちらに向けてくるが、肝心のクレフィは真摯に俺の次の言葉を待っている様子だった。
「確かに他人から見れば、学生相手に本気を出す大人気無い男に俺は見られたかもしれない。だが、俺はお前がこんなに小さい時から知っている。お前が毎日一生懸命仕事をこなしている姿も、お前が仕事の合間に勉学に励み、密かにシズカから魔法を教えてもらっていたことも知っていた。だから言える」
俺は言葉を待つクレフィの頭に手を置き、ぎこちないながらも彼女の頭を撫でた。
「俺はお前の成長が嬉しい。以前のお前なら俺に結界を解かせるどころか、結界魔法を発動することすらしなかっただろう。強くなったな、クレフィ」
顔を伏せた彼女の目から涙がこぼれ落ちた。
本気の相手に対して負けていいかもという思考で戦うのは、俺の信念に反する。彼女は俺に実力を見せ、俺に認めさせた。そんな彼女に対して適当な魔法を使うのは果たして正解なのか?
彼女の本気に応えることこそが、あの時、俺に出来た最善の一手なのだ。




