37話 誕生日会6
部屋の扉がガチャリと開かれ、色とりどりの可憐なドレスを身に纏った少女達が現れた。
「よく似合っているよ、お前たち」
俺は彼女達に優しく微笑みかけ、心からの賛辞を告げた。……というか、さすがにユウキまでドレスを着て帰ってくるとは思っていなかった。いや似合うけどさ……。
「……先生……そんなに見つめないでください……恥ずかしいですぅ……」
「相変わらず先生はユウキちゃんがお気に入りなんだね〜無理矢理着せた私ってばマジグッジョブ!!」
エリスの仕業か……まぁ、本人も本気で嫌がってたら着ないだろ。実際、知らんやつが見れば女にしか見えんしな。
「別にお気に入りだから見てたってわけじゃないけど……いいのか、ユウキ? 女装趣味、隠してたんじゃないのか?」
そう聞くと、ユウキは恥ずかしそうにドレスをぎゅっと握った。
「……最初は確かに恥ずかしかったんですが……この場所には本当の僕をバカにする人はいないって思うから……先生たちなら本当の僕を受け入れてくれると思うから……だから、自分の殻を破ってみようと思えたんです。……さすがに先輩に見られるのは恥ずかしかったですが……」
「先輩? ああ、クレフィのことか。そのクレフィはどうした?」
子ども達は全員来ているというのに、クレフィだけがいない。いや、よく見ると付き添わせたリーナもいないな。
そう思っていると、扉の奥からリーナのものと思われる声が聞こえてきた。
「ほら、旦那様もあなたのことを待っているわよ。そんなところにいつまでも隠れてないでさっさと出てきなさい!!」
「い……嫌です!! 旦那様の許可も無しにこんな高価なものを買ったなんて知られたら……」
「心の広い旦那様なら許してくれるってば。それにどうせお釣りとかは返すんだから今更じゃない?」
「クレフィ、俺の元へ来なさい」
彼女を怯えさせないようにと俺がゆっくりと優しい声でそう告げると、扉の隙間から二人がびくついたのが見えた。
しかし、その隙間から見えた二人はなかなか出て来ようとしない。まぁ、理由はなんとなくわかるから俺はなにも言わんよ。俺はね。
「クレフィ、出てきなさい」
俺に対しては絶対に向けない父特有の威圧的な声が横にいるクリスの口から放たれると、さすがの二人も扉を開けて中に入ってきた。そして、すぐにクリスの目が鋭くクレフィを射抜く。
それもそうだろう。なにせクレフィはでかけた時の制服姿ではなく、海のように蒼いドレスを着ているのだから。
「クレフィ、まさか旦那様のお金を勝手に使ったのか?」
「おいおい落ち着けって、クリス。クレフィが怯えてる」
「しかし……」
「クレフィは校内戦で一位を取ったんだ。ドレスの一着や二着、プレゼントするくらい訳ないさ」
「旦那様がそう言うのであれば……クレフィ、旦那様に感謝の意を忘れるんじゃないぞ?」
「あ……ありがとうございます!!」
「いいっていいって。クレフィもよく似合っているよ。今日はメイドとしてじゃなくて、エリスとエリナの先輩としてパーティーを楽しむといい」
クレフィは下げていた頭を上げると、エリス達に連れられていってしまった。
まぁ、元々はクレフィにもドレスをあげようと思ってクレフィを同行させたんだけどね。じゃなかったら交渉以外はてんで駄目なリーナに行かせるわけがない。素直にプレゼントしたところで多分彼女は遠慮する。リーナは俺に遠慮なんてしないからな。あいつならクレフィに半強制的に着せると思っていたよ。
「せ……先生……わたくしは似合っていますか?」
金貨の袋を忘れないうちに回収しに行こうとすると、頬をほんのり赤く染めたアリスが声をかけてきた。
彼女のドレスは最初に着ていたものと違い、黒で統一されたものだった。しかし、それが地味かと言われればそうじゃない。彼女のドレスは派手さは抑えられたものの、少しきらびやかなもので、彼女のスレンダーな体が映えるいいドレスだと思う。彼女の身長がもう少し伸びれば更に似合うと思う。
俺が彼女にも同じように似合うよと言葉をかけると、彼女は更に顔を赤らめてきた。なんだろう……背後から殺気を感じる。
(それにしても……彼女には少し罪悪感があるから笑顔がまだうまく作れないんだよなぁ……自然に振る舞えているといいんだけど……)
彼女にはキャンプの日、告白をされてしまった。
教え子という関係だけでなく、友人の妹で、前にも何度か会っている関係。終いには大国のお姫様だ。
だからというわけじゃないが、俺は彼女の告白を受けなかった。
それでも彼女が新しい恋を探すという態度を見せない。むしろ、最近露骨になってきた気がする。応えられないうえにその本当の理由を伝えられないということもあって、彼女への罪悪感がどんどん増していくのだ。
エリス達のところに行くというアリスを見送ると、あいつが俺の背後に回っていた。
「アリスは渡さんぞ……」
「うっさい、帰れ。お前、公務をサボって遊んでんじゃねぇよ」
「だってしょうがないだろう。アリスが楽しそうにお前の家に行くと言って出ていったんだ。普通行くだろ?」
「……そんなさも当然のようにとんでもねぇこと言ってんじゃねぇよ。そんなことで王様が事前通達無しで来んじゃねぇよ。あと妹の個人的付き合いにちょっかいだすな」
「これだから妹がいないやつは……」
…………あ?
「…………おい……それは宣戦布告と受け取っていいのか?」
俺が後ろを向けば慌てて口元を押さえた様子のユリウスが見えた。そして、すぐに彼は申し訳無さそうに頭を下げてきた。
「……すまない。失念していた。心より謝る。だから殺気を解いてくれ。エリスタンとティガウロがこっちを見ている」
「……チッ……次はねぇぞ……」
「……本当にすまない……」
気分を害された俺は、気分を変えようと他の場所に行こうとした。そんな俺の背中にユリウスが声をかけてきた。
「……お前が現れた時、てっきり中止にするんじゃないかと思ったよ」
その言葉を聞き、俺は体を向けずに溜め息をこぼした。
「他人の誕生日まで呪ったりしないさ。俺は自分の誕生日が嫌いなだけだ。誕生日であり、家族と引き裂かれた日であり…………命日であるあの日をな……」




