35話 傷ついた少年3
エリナは先日の校内戦における準決勝にて、双子の姉のエリスに負けたくないという思いから許容量の魔法を使い、魔力酔いという症状を患ってしまっていた。
安静にしていれば問題ないとはいえ、しばらくの間は魔法を発動することも許されない。
「はい、ご心配をおかけしました。まだ万全とはいきませんが先生方の処置が早かったので生活には支障ありません」
エリナはメグミ達に笑顔でそう返すが、メグミの表情は晴れない。
「いえ、もちろんそちらの心配もしていたのですが……その……制服の方は……」
その言葉でエリナにはメグミの意図を察した。
彼女達の着用している制服には着用者から魔力を微量に摂取しながらあらゆる効果を発揮する機能がついている。魔力酔いを患った者に着せるのは症状を悪化させるだけで、メグミはそれをマルクトから聞いて心配していたのだろう。
「そちらも大丈夫です。お兄様が充分過ぎる量の魔力を貯蓄してくださったので」
「そうでしたか。さすがティガウロさんですね!」
エリナの兄を称賛するアリスの言葉にエリナとエリスは対照的な反応を見せた。
「はい。お兄様は素晴らしいお方です!」
エリナとアリスによるティガウロの称賛を聞いて、エリスは不機嫌そうな表情を見せた。そして、エリスはベルの方ににやついた笑みを向けた。
「ところでベルちゃんってやっぱり先生に怒られたの? 先生って怒ると怖い?」
エリスの言葉を聞いたベルは、何かを考える様子を見せ、そして、急に涙を目に溜め始めた。
その姿を見て四人はぎょっとする。
「お弁当が……お弁当がっ……」
その言葉を涙声で告げた瞬間、彼女はクラス内の全員が注目してしまう程の大声で泣き始めた。
「ちょっ、なになに!?」
「いったいどうしたの!?」
「おい誰だ! ベルちゃん泣かせたの!」
そんな反応がクラス内で見られ、弁当という言葉で全てを察したメグミは苦笑した。
「ちょっメグミちゃん! 苦笑してる場合じゃないよ! なにか知ってるんでしょ!!」
「えぇと……実は……」
頬を指でかいたメグミは、ベルが泣きわめく横で、先日起こったことを語り始めた。
ベルが試合の最中にマルクトのところに向かい、試合放棄による敗北という結果に対して、マルクトはあまり強く言わなかった。
元々あまりベルを衆目に晒したくないマルクトにとって、内容はどうあれ結果的には良い方に傾いたのだ。クレフィの中にも罪悪感が芽生えることもなく、結果的には最高の負け方と言えた。しかし、そんなことをクレフィやカトレアの前で言えるはずもなく、とりあえず戦う相手を前にして逃げる行為は駄目だと軽く言いつける程度にした。
それを良く思わない者がいた。
それは他ならぬカトレアというベルの最大の理解者であった。
彼女はマルクトの魔法で人間になったとはいえ、元はベルを守る魔人であった。そんな彼女にとって、数ヶ月前に起こった事件で見せたベルの成長は、真の忠誠を彼女に誓う程のものだった。
この方は将来、あの魔族に奪われた魔界を取り返し、統率してくださるに違いない。そんなことを胸の内に秘めていたカトレアにとって、自分の主が試合から逃げ出し人間の笑い者にされるのは到底許せることではなかった。
その結果、カトレアは二度とこのようなことがないようにとベルの弁当を彼女が大嫌いなピーマン尽くしにしてしまったのであった。
鼻を啜るベルの弁当に敷き詰められた緑一色の弁当。それを見てエリス達も苦笑することしか出来なかった。
「……ピーマン……苦いから、いやぁ……」
「わぁあ! ちょっと待って待って! 私のおかず分けるから泣かないで!」
再び泣こうとしたベルを見て、エリスは慌ててそれを止める。すると、ベルは涙を目に溜めながらエリスに視線を向けた。
「……ほんと?」
見つめてくるベルに向かってエリスは慌てて首を縦に振る。
「私の分も分けてあげますので泣かないでください」
「そうですよ。ベルちゃんには涙より笑顔が似合います」
エリナとアリスを順番に見たベルの表情が徐々に明るくなっていく。
「お姉ちゃん達大好き~!」
嬉しそうな笑みを浮かべたベルは感極まってエリスに飛び付くのであった。




