お正月特別番外編
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
本来であれば、お正月を舞台にした話を投稿するのでしょうが、ストーリーの進行上、色々とやれない理由がありまして、今回はこれでご容赦ください。
あんまり細かいことを気になさらず、楽しんでいただけたら幸いです。
それではこれより『弟子は魔王』メンバーによる桃太郎を始めさせていただきます。
『むか~しむかしあるところにお爺さんとお婆さんがおりました』
「ちょっと待って!」
ナレーション役のメルランが物語を始めようとすると、ステージ上に立っていたエリスが、怒った顔で待ったをかける。
『な~に、エリスちゃん?』
「なんで私がお爺さん役なのよ!! 納得いかないわよ!! 普通、男の人がやるべきなんじゃないの!!」
エリスはどうやら、自分がお爺さん役なのが納得いかない様子だった。
『いきなり何? 私にそんなことを言われてもどうしようもないわよ。そういうことは配役を決めた人に直接言いなさい』
メルランがエリスにそう伝えると、エリスは怒ったように頬を膨らませながら、舞台袖の方を見始める。
そんなエリスに、メルランが再び話しかけた。
『そういえば、配役を決めた猿の人から伝言があるわね。もしも配役にエリスちゃんが文句を言ったら伝えろって書いてあるわ』
エリスは自分の配役を決めたカトウに怒ってはいるが、その内容が気にはなるようで、「なんて書いてあるのよ?」と言ってその文を読むようメルランに頼んだ。
『え~と、なになに……もしも、エリスちゃんがその配役に文句があるなら、もう少し出るとこ出してから主張しようぜ。な~んちゃって……だそうよ』
その文が読まれた直後、何かが切れる音がステージ上に響いた。
「…………続けていいわ」
『……なにを?』
「なにって、劇に決まってるじゃないですか~」
メルランに向かってそう言ったエリスの表情は笑っているが、なんか変なオーラが見え始めていた。
『ほ……本当にいいの?』
「ええ、私はお爺さん役よね。もう決まってしまったことにあれこれ文句を言うのも、さすがに迷惑でしょうし、しょうがないからやってあげるわよ」
「……お姉ちゃん目が笑ってないよ。……あと殺気が怖い……」
エリスの双子の妹であり、今はお婆さん役のエリナが怯えた様子で彼女に伝えている。
その瞬間、メルランが少しだけ顔をにやつかせた。
『あら、エリスちゃんは結構大人なのね。いいわ。ならエリスちゃんの代わりに、アイツは後で絶叫コースを食らわせてあげるわ』
裏でそれだけは勘弁してくれという魂の叫びが聞こえたものの、メルランは聞こえないかのように無視する。
「ありがとう、メルラン先生。お願いしていいかしら」
こうして満面の笑みを浮かべるエリスは、そう頼んだ直後、劇を見に来てくれた観客に聞こえないよう通信魔法をメルランに対して発動した。
『……ふふっ、それくらいなら別に構わないわよ。……では、改めまして、むか~しむかし、あるところに、お爺さんとお婆さんがおりました。お婆さんは川に洗濯をしに、お爺さんは山に猿狩りをしに向かいました』
先程エリスに送られた言葉に則って、メルランは勝手に台本の内容を少しいじった。
その言葉を聞いたエリスは笑みを浮かべて、セット移動のタイミングで裏に控えていた猿を追い詰めた。
「ちょっと待って、エリスちゃん!! 話せばわかる!! 話せばわかるから……まずはその氷で作った鎌を置いてくれ!!!」
猿役のカトウが必死に笑顔で詰め寄ってくるエリスをなだめようとするが、エリスの表情から怒りが消える気配はない。
「ほほう、ならなんで私がお爺さん役に抜擢されたのか教えてもらえますか? ただ……」
「……ただ?」
「返答次第では……刺します」
カトウはエリスの眼力によって、頑張って考えていた言い訳が頭から抜け落ちてしまう。そのせいで、カトウの顔には冷や汗がびっしょりと浮かび始めていた。
その間にもエリスの眼力は鋭くなっていく。
「……あと三秒」
エリスはなかなか答えてこないカトウに向かって死の宣告を告げた。
「……三……二……いーー」
「む……胸で決めました。なんか面白そうかな~~とーー」
「天誅」
その短い言葉が舞台裏にいる全員の耳に届いた次の瞬間、エリスはカトウの頭に氷の鎌が突き刺した。
「ぎゃああああ!?」
◆ ◆ ◆
さて、一方その頃、舞台では劇が進んでいた。
『お婆さんが川で洗濯を行っていると、川上のほうから、
どんぶらこ~、どんぶらこ~と大きな桃が流れて来ました。お婆さんは大きな桃を見て、美味しそうだし持って帰ろうと思いつき、桃を運ぶために、お爺さんを通信魔法で呼び出しました』
舞台裏から出て来たエリスはなぜかカトウの首根っこを掴んでつれて来ていた。
「それ運んだら許してあげるよ。……よろしくね、カトウ先生」
エリスは桃に重力倍加の魔法を何度か唱えてから、屈託のない笑みで、カトウに桃を運ぶよう命令し始めた。
桃がミシミシと床にダメージを与えるのを見て、メルランはしょうがないといった風にマイクを握った。
『お爺さんは、桃に重力倍加の魔法を5回程唱えると、猿に桃を運ばせるように命令して、お婆さんと一緒に帰りました』
カトウはこれが前門の虎後門の狼かと思いつつ桃を運ぼうと思ったがあっさり潰されてしまった。
◆ ◆ ◆
なんとか運び出して舞台裏に帰ってきたカトウの前に、お弁当を持ったエリスが現れた。
「お疲れ様でした、先生。これよかったら食べてください」
「おおう!? エリスちゃんが俺に優しいだと!? ……なんか入ってるんじゃないの?」
「……そっか……先生がいらないなら、私が食べちゃおっと」
エリスがそう言って弁当箱を開けようした瞬間、エリスが持っていた弁当はカトウが奪っていた。
「い……いらないなんて言ってないだろ!! ありがたくいただくよ」
カトウがそう言ってお弁当を食べた瞬間、彼の顔はみるみるうちに青ざめていき、ついには倒れてしまった。
「……せ~んせ。食べる前にはちゃんと誰が作ったか確認しないとだめだよ。……ちなみにこれはメグミがベルちゃんに作ってた弁当をベルちゃんから預かってた物だよ」
エリスはカトウに笑顔で教えてあげるが、既にカトウの意識はなかった。
「……お姉ちゃんさ~、さすがにやり過ぎじゃーー」
「なに? エリナもこれ食べたいの?」
「…………なんでもない……ほら、出番だよ」
「あ~すっきりした~!」
双子姉妹の二人は、舞台の続きを始めるために、舞台に向かって歩を進めた。……倒れたカトウを放置して。
◆ ◆ ◆
『お爺さんとお婆さんが桃を切ると中から、大きな男の子が産まれました』
ナレーターのメルランがそう言った直後、桃太郎の格好をしたマルクトが転移魔法を使用して、一瞬で全員の前に現れた。
「やっと出番だよ。……ったく、お前達が自由にやり過ぎるせいで、劇の時間押してるじゃねぇか」
「先生、基本的に遊んでいたのは、お姉ちゃんと他の先生方です。私は真面目にやってました!」
桃太郎役のマルクトが二人に向かってそう言うと、エリナがマルクトにそう抗議した。
「……そうなの? そりゃすまんかった。とりあえず、時間も押してるし鬼退治に行ってくる」
「先生。猿は当分復帰無理だと思いますよ」
その報告を行ったのは、再起不能にした張本人だった。
「まぁ……メグミの料理食ったなら仕方ないか……。メルラン先生、カトウの順番アリスと入れ替えられますか?」
『分かりました。というわけだからアリスちゃん、よろしくね』
「えっ!? ちょっ、なんで私なんですか!? ムリです、ムリです! 緊張して、台詞全部抜けちゃいました!」
いきなりの予定変更で混乱しているアリスが、必死に無理だと泣き叫ぶ。だが、メルランはそれが通用する相手ではなかった。
『そっか……それなら、カトウ先生と同じもの食べれば、出番後の方に回せるけど……どうする?』
その言葉で、アリスの顔はみるみるうちに青ざめていき、彼女は急いで舞台に上がった。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきびだんご一つ私にくださいな」
『桃太郎が鬼退治に向かっていると、キジが飛んで来ました』
「……そう言えばきびだんごもらってなかったな。今朝メグミが作ってた弁当ならあるけど?」
「なんでそれはあるんですかっ!!」
「いや……あんなところに弁当放置したら、何も知らない生徒が食べて危険だろ? どっかに置こうとしたら出番だったんだよ。……それで……いる?」
アリスは顔を青ざめながら、首をおもいっきり横に何度も振り始めた。
「い……いらないです! 今お腹いっぱいなんでいらないです! ……というか、さっきからなんで皆私をいじめるんですか~」
『桃太郎の嫌がらせに、キジはついて泣いてしまいました』
「……いや半分は君たちのアドリブのせいだよね。まぁ俺も悪のりしたけどさ……とりあえず後でアリスにはなんか奢ってやるから。今は機嫌をなおしてくれないか?」
「…………わかりました……マルクト先生は許します」
『え? ……もしかして、それって私も同罪な感じ?』
「当たり前じゃないですか! メルラン先生もお人形さんを買ってくれないなら、私を脅したってユリウスお兄様に訴えます」
『ちょっ!? それだけは勘弁して~! 買います。買いますから~』
「分かりました。それなら許します」
◆ ◆ ◆
アリスが許してくれたことで、メルランは露骨に脱力した。
『あ……危なかった。……後少しであのシスコン王に殺されるところだったわ』
心の中で思ったことが、どうやら気付かぬうちに呟いていたらしく、マイクによって客席に伝わってしまう。
「……そういえば、皆さんに伝え忘れていたことがあるんですが……」
「なに?」
マルクトは、深刻そうな表情を見せ始めたアリスが気になり、彼女にその内容を尋ねた。アリスは、マルクトに聞かれた瞬間、少し黙っていたが、やがて意を決したような表情になった。
「……実は……今日の劇には、お兄様も来ているんです」
アリスの言葉が合図になったかのように、王国直属の近衛騎士が、放送席の扉を開けて、入ってきた。
『ちょっ!? なんでこんなところにティガウロさんがいるのよ! いやっ、やめて! 連れてかないでー! 助けてー!』
『すいません、僕も父の言いつけくらい守らないと……ただ、陛下は反省文書かせるだけで済ませると仰っておられます』
『……ほんと?』
『はい、これから反省文十万文字が終わるまで、牢獄に入ってもらいますけど、頑張ってくださいね』
『ちょっ、多くない!? てか、絶対ティガウロさんも怒ってるでしょ!!』
『怒ってないですよ~。命の恩人で、私に稽古をつけてくれた心優しき陛下を侮辱されはしましたけど……私情を挟んで仕事はしませんよ~』
『怖い! 怖すぎるよ、その笑顔!! ちょっ、助けて!!』
『じゃあ、エリナ。ここは任せるから、後はよろしく頼むよ』
『はぁ……わかりました。……一応、二人の声がマイクで放送されてたんですけど良かったんですか?』
『えっ、そうなの? ……まぁ、別にいいんじゃない? では皆様、劇の最中に失礼いたしました。邪魔者はここで退散いたしますので、皆様は心行くまでお楽しみください』
そう言ったティガウロは、縛られたメルランを肩に担いで何処かに行ってしまった。
~1分後~
『え~っと、ここからは、急遽ナレーターが連行されたので、代役のエリナが行います。え~……ここからだったかな?
キジと桃太郎が、鬼ヶ島に向かっていると、犬が現れました』
エリナは緊張しているのか途切れ途切れではあるものの、なんとかなっていた。
そんなことを考えているマルクトの前に犬役のユウキが現れた。
「桃太郎さん、桃太郎さん! 弁当はいりませんので、僕をお供として鬼ヶ島に連れて行ってください!」
ユウキは青ざめた表情で、ステージ上に立つマルクトとアリスに向かってそう言った。
「大丈夫だ。メグミにさっき怒られたから、さっきの休憩中にきびだんごは用意してもらってきたぞ」
「……ちなみに作成者は?」
やはりそこが気になるらしく、弁当はないと聞いた瞬間に見せた安堵の表情が一瞬で険しい顔になった。
「安心しろ。今回はメグミじゃない。裏方のクレフィが作ってくれたんだ……どうだ? いるか?」
「喜んで頂戴いたします!!」
『犬はきびだんごをもらい喜んで、桃太郎についていくことになりました』
きびだんごを美味しそうに食べているユウキをよそに、エリナがナレーターの役割を全うしていると、ふらふらしているカトウが俺達の前に現れた。
『桃太郎と犬とキジが鬼ヶ島に向かっていると、今度は猿が顔を真っ青にして現れました』
「桃太郎よ! 俺も鬼退治に連れて行ってくれ!! そもそもなんでこんな目に遭わなくてはならないんだ!! 劇で死にかけたのなんて生まれて初めてだぞ!」
「いや、今回は全面的にお前が悪いだろ……。そもそもお前が遊び半分で役職決めなかったら何も起きなかったんじゃないのか?」
「普通の劇なんてやってもつまらないだろうが!!」
そんな理由でエリスはおじいさん役にされたのかと思うと彼女が不憫でならないが、もうなんかこいつの自由思考についていくのが面倒になってきた。
「桃太郎! 今回の騒動はきっとあの鬼共のせいに違いない!!」
「濡れ衣じゃねぇか!」
「こうなったら、あいつらをぶっ飛ばして、幸せな未来を手に入れてやるぜ!」
『そう言った猿は桃太郎の仲間になりました』
「……もういっそ、こいつ倒せば万事解決な気がしてきた……」
◆ ◆ ◆
『鬼ヶ島に着いた桃太郎一行は、驚きの光景に目を奪われてしまいました。……なぜなら、鬼たちは、虎柄の水着を着ていたのです……って意味わかんないんですけど!!』
「おい、カトウ。確か衣装担当もお前だったよな? なんだこれは?」
「ああ? 眼福だろうが!! だいたい、本当は、虎柄パンツだけのはずだったのに、TPOのせいで、却下されたんだよ!!」
そのカトウの言葉にメグミが顔を真っ赤にさせて、怒ったように詰めよってくる。
「当たり前じゃないですか!! なにが虎柄パンツだけで桃太郎を迎え撃て、ですか! そんなの恥ずかしすぎますよ!!」
『メグミちゃんごもっともです。カトウ先生、さすがにおいたが過ぎますよ。という訳で、ここは公平に、ユリウス王にカトウ先生が悪かどうか決めてもらってはいかがでしょうか? よろしくお願いします、ユリウス王』
『……アリスもかわいい水着であれば良かったのだがな…………え? もうマイク入ってる? それを先に言いたまえ……コホン。カトウよ、お前が自分の欲で周りに迷惑をかけたのは許されないことである。幼き子にそのような格好で観衆の目にさらすなど言語道断! 残念だが連行せよ』
いきなりユリウスをエリナが出したかと思えば、いきなりユリウスの指示で、近衛騎士のコウとピピリカがやって来て、立っていたカトウの両腕を引いて連行し始めた。
「ちょっ!? 待って!! マルクト!! 助けてくれぇええええ!!」
「……正直状況についていけてないが、今のお前に一つ言っておくことがある。自業自得だカトウ。罪を受け入れろ!」
「嫌だぁあああ!!!」
会場中に響く大声で叫んだカトウは、そのまま二人に連れていかれ、先程まで騒がしかった会場は一瞬で静かになった。
『……こうして、猿と元ナレーターはユリウス王によって連行されたのでした! めでたし、めでたし』
ナレーターのエリナがそう締めくくり、舞台の幕は閉じた。
「……ねぇカトレア、私一回もしゃべってないよ?」
「……そうですね、結局この変な格好を人間の前に晒しただけでしたね」
「……ねぇねぇカトレア~お腹空いた~」
「そうですね。では、お弁当でも食べましょうか。くれぐれもメグミ様が作られたお弁当を食べてはいけませんよ?」
「は~い」
「カトレアさんまで……はぁ……帰って練習しよ……」
『桃太郎』の配役
ナレーター メルラン
お爺さん役 エリス
お婆さん役 エリナ
桃太郎役 マルクト
猿 カトウ
犬役 ユウキ
キジ役 アリス
鬼役 ベル
鬼役 メグミ
鬼役 カトレア
ここまで読んでくださった皆様、誠にありがとうございます。
この『弟子は魔王』という小説は、私が就職活動を本格的に行うという理由から、今書いてる章が終わり次第、長期の間、お休みさせていただくのですが、本当は1日でも早く完結に持っていきたい気持ちでいっぱいです。
まずは、もう一つの小説を完結させ、それからこちらに取りかかります。
もちろん、小説を失敗の理由にしないためにも、私も頑張ろうと思います。
長くなりましたが、これにてお知らせを終わらせていただきます。
ありがとうございました。




