31話 準準決勝の開始12
「うっ……うぅ……」
実況解説の仕事を終えたカトウの視界に映ったのは、幼い少女が泣いている姿だった。
金髪の髪をユルフワカールにしている翡翠の瞳を涙で濡らしている幼い少女。彼女にいったい何が起こったのかを尋ねるために、彼女の隣で不機嫌そうな顔を見せる青髪の青年のもとにカトウは来ているのであった。
校内戦の試合後、負けた生徒が涙を流すことは珍しくもなんともない。ただ、今回は例年と違う。目の前で泣いている金髪の少女は、隣でハンカチを差し出している灰色の髪と眼鏡をかけた端正な顔立ちが特徴的な少女と戦い、最終的に戦場からいなくなってしまったため、敗北という結果に終わったのだ。
校内戦終了後の悔し泣きや嬉し泣きとは違う。だからこそ、その涙の理由が気になった。
「なぁ、マルクト……いったい何が起こった?」
「カトウか……。悪かったな。お前が解説している試合の最中にベルが抜け出してしまって。ほらベルも、カトウには謝っとけ」
「うぅ……カトウ先生……ごめんなさいでしたぁ……」
「いや、別にいいけどさ。何でフィールドから出ていったんだ?」
「ご飯が食べたかったかららしいぞ」
「はぁ!?」
親友からの意味不明すぎる発言にカトウは、表情を驚きに染めた。
そんなカトウに、マルクトがなぜそうなったのかという話と、ベルが転移魔法でマルクトのところにやって来て「ご飯無しは嫌ぁ!!」と言ってきたことを教えた。
「すみませんでした、マルクト先生。私がそういう発言をしたばっかりにご迷惑をおかけしました」
「お前のせいじゃないよ、クレフィ。ベルが自分の気持ちを最優先に動いただけで、クレフィはただ注意しただけなんだからな……」
頭を下げて謝ってくるクレフィをマルクトは咎めなかった。何故なら、ベルが敗北したことはむしろマルクト的にはありがたいことで、そのうえ、クレフィに悪い点は見付からなかったからだ。
ベルに関しても、六歳の子どもがやったことをいつまでも本気で怒るのは、大人が取るべき行動ではないとマルクトは思っていた。
実際、会場の雰囲気もベルが初めて攻撃を自分の身に受けたことで『六歳の子どもなんだから逃げ出しても仕方ない』という雰囲気になっており、別にこれ以上咎める必要性もないと感じていた。
ただ、自分が取った行動は間違いだったと自覚させるため、今晩の食事はベルだけ野菜炒めのピーマンオンリーが追加され、食べ終わらなかったら、デザート抜きという罰を追加したのだった。
◆ ◆ ◆
「色々な出来事が起こりつつも、楽しい楽しい校内戦はもうじき終わる……か……。ただまぁ……魔王ベルフェゴールがあんな方法でリタイアするとは思いもしなかったがな……」
手すりとキャスター付きの高そうな椅子に腰をかけた赤髪の男は自分の髭でうまった顎を撫でながら、そうぼやいた。
この部屋にいるのは彼だけではない。
黒フードの男があと二人、その部屋にはいたが、赤髪の男は構わずそう言ったのだ。
一人はその部屋に設けられていたソファーに座り、もう一人は、彼の背後で直立不動の構えを取っている。
「……ふむ。せっかくなら魔王グリモワール……いや、この人間界ではグリルと名乗っておったか……奴の娘とやり合ってみたいとは思っておったが……どうやら難しそうだな……」
「すまないな。せっかくならお前さんの望みに沿ってやりたかったが、そううまくはいきそうに無いらしい。今回は諦めてくれんか?」
「別に構わん。……ただ、もう一人に関しては、その言葉では納得せんぞ? こちらもその為に貴様の仕事を引き受けたのだからな」
「わかっておる。それくらい私のルーンにかかれば容易いことよ」
「……ふむ、では、魔導王国最強決定戦を楽しみにしておるからな」
そう言った黒フードの男は、ソファーから立ち上がり、無言を貫き通していたもう一人の男を連れて部屋から出ていった。
「……さて、君が彼相手にどんな戦いを見せてくれるのか、今から楽しみにさせてもらうよ。……マルクト君……」
赤髪の男は口元に笑みを浮かべ、彼らの姿が映った画面を消すのであった。




