31話 準準決勝の開始10
「世界の理を崩す炎の力よ……」
(クレフィお姉ちゃんが詠唱!? 魔力の流れからして、結構強いかも……)
ベルは追撃のために発動させようとしていた小型の魔法を止め、風属性の中型魔法に切り替える。
クレフィの詠唱は、かなり速い。それは彼女の知識量がかなり高いからこそ出来る芸当で、普通の人がかける詠唱時間の半分で終わらせることが出来る。
だからこそ、小型魔法で追撃したところで詠唱を止めさせるなんてことはできない。
ましてや、暴発の恐れがあることを知っているベルには、途中で攻撃をするなんてことが出来なかった。
だからこそ、マルクトからもらったステッキに内蔵された魔法で迎え撃とうと思った。
だが、その前にクレフィが魔法の詠唱を終えた。
「イリュージョンフレア」
クレフィの周りに浮かぶ小型の炎。それはまるで、小型の魔法を大量に展開させているようにも見えた。
そして、少し遅れたタイミングでベルも魔法を展開し終える。
「ウィンドカッター」
風の刃がベルの合図でクレフィの方に飛んでいき、小型の炎をかき消していく。
そして、そのままクレフィにも直撃した。
「……当たったの?」
魔法を放ったベルは土煙を見てそう疑問に思った。
クレフィは、魔法を発動させた後、一切動こうとはしなかった。魔法を発動したにも関わらず、攻撃もしなかった挙げ句、ベルが放った強力な魔法に対して、防御の姿勢も回避の姿勢も見せなかった。
なかなか晴れない煙をベルが風で払い、クレフィの倒れた姿を確認できた。
「……クレフィお姉ちゃん?」
全く動かない彼女に向かって、ベルが彼女の名前を呼ぶとーー
「目に見えるものだけが、全てとは限りませんよ?」
自分の後ろから声が聞こえてきた。
その言葉が耳元に届いた直後、先程消えたはずの炎が背後からベルに直撃した。
◆ ◆ ◆
「えっ!? クレフィ先輩無事だったんですか!?」
魔法を習い始めてまだ一年も経っていないメグミが、目の前で起きた現象を見てそう声をあげた。
「メグミ、イリュージョンフレアは闇属性と風属性、そして炎属性を組み合わせた魔法で、相手に幻覚を見せることが出来る魔法だ。高難度過ぎてほとんど誰も使わないし、魔力の消費も少し激しいが、その分強力な魔法なんだ」
「そうなんですね……だからクレフィ先輩は無事だったんですか?」
マルクトの説明を聞き、目の前で起こったことになんとなくではあるが、メグミも納得がいった。
「まぁ、もちろんベルがあの魔法を知らないから、不意をつかれたのだろうが、そう単純な話じゃない。自分の姿を消して、相手にさとらせず、背後に回って、ばれないよう自分の幻覚を倒れたように見せかける。口では簡単に説明出来るが、実戦で使える奴はそうはいないだろうな」
だからこそ、今の魔法は周りの反応がいい。
三属性の魔法を組み合わせるなんて、戦闘で使おうと考えるほうがおかしいし、発動させようと思ったら隙だらけになってしまう。一歩間違えれば暴発の危険性が非常に高いし、ベルが魔法詠唱中に攻撃してこないと見込んでなければ、負けていたのはクレフィの方だろう。
「……クレフィの奴、珍しく博打に出たな……」
◆ ◆ ◆
「……まぁ、一筋縄ではいきませんよね……」
そう呟いたクレフィの視界に、黒い渦が見えた。
「それがロストオブダークネス……旦那様がお嬢様のために作られた魔法……ですか……」
ロストオブダークネスを発動し終えたベルは、追撃してこないクレフィに首をかしげながら、尻餅をついた際に汚れた部分を手で払う。
敗北していないのは、クレフィにもわかっていたはずだ。なにせ、ベルの制服に付与されている転移機能は発動していない。
それなのに、クレフィは追撃しなかった。
完全に不意をつかれ、あのままたたみ掛ければ、クレフィの勝利は確実だっただろう。それは、マルクトとクレフィ以外の全員が思っていたことだった。




