30話 決勝トーナメント5
ベルの試合を選手控え室でクレフィ、エリス、エリナの三人は見ていた。
「すごいね! 氷撃魔法にあんな使い方があったなんて初めて知ったよ! あれってやっぱりマルクト先生の作戦かな?」
「それは違いますよ、エリスさん。マルクト先生は状況判断能力を培ってもらうという理由で、作戦を授かってはくれません。全部彼女の判断でしょう」
興奮しているエリスの言葉を否定したのは、マルクトの屋敷で使用人の仕事をしている現在四年生のクレフィだった。
「やっぱりベルちゃんってすごい子だったんですね。お姉ちゃんも氷の魔法が得意なんだから、あれ参考にしてみれば?」
「う~ん。濃紫ランクのベルちゃん程、魔力も高くないし、難しいかも……でも、先生に相談してみようかな」
「ただいま~」
エリスがそう言うと、会場に繋がっている通路から、幼いクラスメイトが戻ってきた。
「おかえり~ベルちゃん。一回戦突破おめでと~」
「おめでとうございます」
「ありがと~……あれ? クレフィお姉ちゃんは?」
「え? さっきまでそこにいたのに……どこに行ったんだろ?」
「そうですね。先程まで普通に会話していたのですが……」
エリスとエリナは彼女を探すが、近くにはすでにいなかった。
「……クレフィお姉ちゃん、どこ行ったんだろ……」
ベルは寂しそうに呟いた。
◆ ◆ ◆
クレフィは出口に向かって通路を歩いていた。そして、壁につけられた大きな鏡の前で立ち止まり、自分の姿を憎々しげに見た。
「……私って……最低よね……」
ベルの戦いを見ていて思ってしまった。
『彼女に負けてほしい』
そう……思ってしまった。
自分だって、今回の校内戦では負けられない。
あのお方の下で働けることだけが生き甲斐で、今回の校内戦で優勝しないと、その資格はなくなってしまう。
それだけは絶対嫌だ。
でも、彼女に勝たないと優勝は出来ない。
だが、非情にも決勝トーナメントで自分とベルが当たるのは、三回戦になっている。確実にどちらかの目的は達成できなくなる。
いつもなら、彼女に譲っても良かった。
だが、今回だけはそんな選択が出来ない。
ベルと戦いたくない。一人っ子の自分を姉のように慕ってくれる彼女が可愛くて可愛くて仕方がない。だから、彼女の目的があの人とマゼンタ最強決定戦の舞台で戦うことだと聞いた日から、辛くて辛くて仕方ない。
彼女と戦って嫌われたくない。でも、あの場所から離れたくもない。
「……私は……どうしたらいいの?」
「あれ? クレフィちゃんじゃん。こんなとこでどうした? 四試合目はクレフィちゃんの試合だったよね? 二試合目ももう始まってるよ?」
項垂れていたクレフィは声をかけられたことで鏡に映った黒髪の教師に気付いた。
「……カトウ先生……」
「そんなに涙を流して……なんかあったの? 俺でよければ相談に乗ろうか? マルクトの使用人だからって生徒は生徒だ。お悩み相談は教師の仕事だし……まぁマルクトがいるから俺の出番無しかな?」
カトウはそう言って目的地の選手控え室に向かおうとして、彼女に背中を向けると、急に服の背面を引っ張られた。
「……私はどうしたらいいんでしょうか?」
「…………まぁ、試合までなら、いいかな……それで? 詳しい話を聞かせてくれる?」
その言葉にクレフィは頷いた。




