27話 校内戦の開幕7
その手を上げた少女は、他の人と違ってマルクトの方を見ているだけで、それまで一切口を開いていないのがカトウには視界の端で見えていた。
他の全員が何かしらの悪口を言っているなかで、彼女だけがマルクトを見ていた。
目を引く美貌を持つその少女はその形のいい口をゆっくりと開く。
「その人一回も魔法使ってないですよ……私、今日一番に来てましたから、断言できます」
「ほう……。君、名前は?」
「マリア……貴族ではないので、家名はありませんが、それでも進言しても?」
「許可する」
「ありがとうございます。彼は自衛のために結界魔法を展開していたくらいです。魔法を私的に行使したのはそっちの方ですよ?」
マリアと名乗った少女に指を差された少年は、金髪の少年に睨まれた瞬間、狼狽え始めた。
「で……でっち上げです! そいつもおそらくパールネストの人間でグルなんです!」
「それはね~な~。そいつ俺の一人娘だし、俺は生まれも育ちもこの国だからな~。嫁さんも違うぞ~」
今まで教壇に突っ伏していた無精髭の男が眠そうな顔をあげながらそんなことを言ってくる。
「じゃ……じゃあ俺がやったっていう証拠は?」
その瞬間、待ってましたと言わんばかりに楽しそうな顔を見せたマルクトが立ち上がりこう言った。
「ウォーターショット」
「うぁぁぁぁぁあ!!」
その言葉の次に聞こえた絶叫に全員が何事かと思い、声のした方を見る。
悶絶している少年の制服には、穴の空いた腕から紅い液体が流れていた。
「これが証拠で十分だろ? あんな下手くそと違って俺の魔法はやろうと思えば命が取れるレベルなんだ……いったいどこに俺が撃った証拠がある?」
少年の後ろにあった壁には何かが貫通した穴が開いている。
「ふむ確かに……だがあそこまでやる必要が?」
「一度くらい痛い目にあっといた方が人間成長できるんだよ。それに急所は外したし、手加減もしておいた。むしろ俺を陥れようとしたんだ。この程度はする権利が俺にはあるだろ?」
「……そうだな。すまなかったな……少しでも君を疑ってしまった」
「別にいいさ。すっきりして気持ちいいし、そこの人もありがとな」
手を振って笑顔で応える少女を見て、マルクトは自分の席に深く座る。
周りにいた兵士達は、悶絶して気絶した少年を王子の指示で連れていっていた。
「私はユリウス。ユリウス・ヴェル・マゼンタ。マゼンタ王国の第一王子だ。君は?」
「…………マルクト……出来るだけそっとしておいてくれると助かる」
「……マルクト? ……どこかで聞いた記憶が…………気のせいか」
それが三人が初めて会った始業式の出来事だった。
その後、マルクトとユリウスの間でいろいろあるのだが、それはまた別のお話で……。
◆ ◆ ◆
「え~! もっと聞きたかったよ先生の話~!」
「俺ってそんな感じだったか? まったく記憶に無いんだが……」
「あの頃のマルクト君は話しかけてくる相手は無視する癖に、売られた喧嘩に関してはだいたい買っていってたよね~」
カトウが話を止めたことに不満をぶつける横で、いつの間にか黙って聞いていたマルクトとマリアが感想を言い合っていた。
「初めてあの魔法を見た時は驚いちゃったな~。確かあの後、マルクト君はおとがめ無しでその子は退学になったのよね~」
「だいたいあれは明らかな自業自得だろ? ユリウスに堂々と嘘を吐いて騙そうとしたんだからな。むしろ首をはねられなかっただけマシだろ」
マルクトがそう言うと、カトウが空になったジョッキをテーブルに置いた。
「まぁ、お前はというと、人と関わろうとしなかったのも相まって話しかけられる機会はほとんど零だったもんな」
「お前だって話が合わなさすぎて途中からはぶられていたじゃないか」
「しょうがないだろ? お前から聞いた話じゃこっちに来てまもない頃だったって言うし!」
「お前の言語習得に付き合わされるこっちの身にもなれってんだ!」
「それは……っていうか何そのジョッキの数?」
カトウの目に多数の空ジョッキが映る。その数は十を越えており、自分はほとんど飲んでないのに、こっちの方にまで来ている。
「昔の恥ずかしい話を素面で聞ける訳ないだろ。ちなみにマリアはだいたい酒を飲ませれば多目に見てくれる」
「相変わらずバカみたいに飲みやがって……もうそれぐらいにしとけ……マリアは送っていけよ?」
「大丈夫……空間転移があればいける」
「飲酒時に魔法はあんまり使用すんな」
「……わかったよ。そういう訳で俺とマリアはここらで退散します。請求はカトウによろしくです」
マルクトは席を立ち上がり、この店の店長に向かってそう言うと、さっきまで呂律が回らず、遂には机に突っ伏しはじめた彼女に肩を貸す。
「じゃ~ね~せんせ~、また明日~」
「おやすみなさい」
「おう、おやすみ! お前達も試合に備えて体調は万全にしとけよ」
そうして、酔い潰れたマリアに肩を貸しながら帰路につくのであった。




