26話 夏期休暇の終わり2
「やっと来たか……」
そこにいたのは黒髪の青年だった。明らかにこちらが来たことには気付いていたのに、声すらかけてこなかったその青年はマルクトの同僚だった。しかし、いつもはその顎に髭を生やしていたというのに、今日に限っては生やしていなかった。
「…………髭剃ったのか?」
「第一声がそれかよ?」
ごもっともと言わざるを得ない返しをされるが、エリナの「そういえば髭がありませんね?」と同意を示したことにより、黒髪の青年は渋々話し始めた。
「アリサがさ~髭はおっさんくさいし似合ってないとか言って無理矢理剃ってきたんだよ!」
どうやら本人は自分の髭が気にいっていたようだが、むしろ髭がないほうが爽やかな感じが出ていいと思う。だが、そんな言葉をかければ絡みがうざくなるのは目に見えていた。
「ふ~ん、まぁ事実だし仕方ないだろ。……それで? そんなどうでもいいような話を聞かせるために、こんな雨の中、人を呼び出したのか?」
「お前が聞いてきたんじゃねぇか!!」
黒髪の青年のツッコミを無視しつつ、エリナにいつも通り麦酒の注文をする。
大雨のせいなのか普段に比べると客の姿が少なかった。
それでもちらほらと見えるため、カトウは音が周りに聞こえないよう結界を張った。
「いいのか? こんな人目がある場所で魔法なんか使って……ばれたら大事になるぞ?」
「人様に迷惑をかけない魔法や緊急事態の時であれば、学園の教師が許可さえ出せば魔法の行使は可能である……って校則にあるし問題無いだろ」
「それもそうだな。それで用件は?」
「例の魔族は見つかったか?」
その言葉を告げたカトウは、その言葉でマルクトの表情に陰りが見えたことでなんとなく察することができた。
「……まだ……なのか」
「ああ。九割の国が総力を挙げて探しているが、手掛かりすら掴めていないのが現状だ。それぞれ国境の警備を強めてはいるが向こうは転移魔法や空間転移の魔法を使えるんだ。見つけるのは困難だろうな」
「やっぱりあの場でとどめをさせなかったのは痛いな……そういえば協力者の件は?」
「まったく検討もつかん……なんかユリウスは少しだけ検討がついているみたいだったな」
「はぁ? じゃあなんでそれを言わないんだよ!」
「いや、俺には少し教えてくれたな。なんでも能力を使用する前に逃げられたそうで、おそらくユリウスのルーンを知ってる奴だと思われる……だそうだ」
そんな話をしていると二杯の麦酒を持ってきたエリナが此方へと来るのが見えたので二人は口を閉じた。
「麦酒二杯お待たせしました」
エリナが麦酒をそれぞれの前に置いて再び厨房の方に戻っていくのを見届けて、二人は話を再開した。
「そういえばお前の家で使用人をやってるカトレアって人いたじゃん? あの人からなんか話は聞けたのか?」
「……そっちもあてにしてたんだが駄目だった。一応、魔王グリルがこっちの世界にやって来たのはあのディザイアってやつが原因であることに間違いないらしい。ただ……彼女はその日、紫竜という裏切り者と戦っていて、何が起こったのかは知らなかったそうだ。気付けは魔王城ごと人間界に来てしまっていて、魔王グリルも何が起こったのかは詳しく教えてくれなかったらしい」
(……なのにあいつに聞けって……いったい何の意図が込められていたんだ?)
マルクトは麦酒を呷りながら、前に気を失った時、ベルの父親でもある先代魔王のグリルから言われた言葉を思い出した。
「なるほどね~まぁ、お前が最近部屋に入ってなかなか出てこないって、メグミちゃんから聞いたぞ? 落ち込んでるんじゃないかって心配してたし、あの子いい子じゃん」
「……落ち込む? そんな暇が俺の何処にあんだよ。一刻も早くソラを見つけ出さないといけないんだ。やらないといけないことはまだまだある……だから本当ならここに来る予定じゃなかったんだよ!」
そう言いながら、マルクトはテーブルを叩いた。




