22話 仲間との戦い8
ベルの言葉を最後に、カトレアの体は再び操られ始めた。
ベルはカトレアを助けるために、足に装着していたレッグホルダーからスティックを取り出す。
相手を殺す意図を持たない時、魔法の詠唱または魔法名を言うのが人間界ではルールとしてある。
それは魔法を習っていく中で、マルクトから教えられた重要なことだった。
そこに込められた意図は、正々堂々と戦うことの証明。相手を不意討ちで殺す気はないという証明。
『人間界で暮らすのなら、人間界のルールに準じろ』
それが、マルクトに教わったものの中で一番心に残った言葉だった。
「クロスファイヤー!」
二つの炎柱がカトレアの立つ位置で交差し、その込められた魔力に恥じない威力を発揮する。
しかし、カトレアに被害はない。
カトレアの位置は足場のない空中。跳躍ではない。カトレアは浮かんだのだ。
「アイシクルシャワー」
その言葉がカトレアの口から告げられた時、上空から小石サイズの氷が大量に降ってきた。
水属性の氷魔法が得意なエリスも同じような氷の礫を放つ魔法を得意としているが、それとは比較にならないような威力を誇りつつ、数も多かった。
上空から降り注ぐ氷は、ベルの逃げ場を無くすと共に、ベルの身を貫こうと襲いかかってくる。
「ロストオブダークネス」
ベルが手を上に翳すと、手のひらから渦巻く闇が現れ、その闇に当たった氷を全て砕いていった。
結果、ベルに氷は一発も当たらなかった。
ベルは周りに転がる氷を見て、その表情を曇らせる。
わかってはいたが、カトレアは本気だった。
敵に操られている以上、手加減は期待できないのはベルもわかっていた。
その氷が溶けていないのは、カトレアの込めた魔力が多い証。そしてこの利点はベルにもわかっていた。
長引かせるのは不利になる。
カトレアの氷は環境に影響を与える。
カトレアから少しの間、戦術指南を受けていたベルにはそれが頭に入っていた。
『戦いの基本はいかに相手を自分の土俵にひきこむかです。私は氷を扱う魔人ですから、基本的に環境が自分に有利なことはありません。ですからまず、自分に有利な状況を作り出すのです』
それは、カトレアが昔教えてくれた内容だった。
カトレアの氷に込められた魔力は量が多い。
それは魔力の多い魔人という性質を最大限用いた技法だった。
それは人間になった今でもやることは変わらない。
込められた魔力の多い氷は役目を終えた後でも残り続ける。
それは冷気を発し続け、徐々に気温を下げていく。
冷気が支配した空間は相手の体温を奪っていき、思考、機動力、自由を無くしていき、気付いた時にはカトレアの前で膝まずいている。
魔法で自分の体温を上げたり、氷を凪ぎ払おうとしても、魔力の無駄なのだ。
その数と規模の前では、大量の魔力を使用しなくてはその優位を覆せない。
それが、カトレアの戦法だった。
だが、ここはベルが造り出した空間だった。
「沈め!」
その言葉で辺り一面に広がった氷は黒い地面に沈んでいった。
その異常な光景を見たカトレアの顔には、驚きの様子が見てとれた。
自分の戦法が意外な方法で破られたことによる悔しさと、自分の予想以上の成長を見せるベルに対する嬉しさが入り交じる。
だが、その感情は空間の異常な動きを見たことで、頭がすぐに切り替わることとなった。
空間は氷を放ったことで百メートル四方の箱のような形をしていることがわかっていた。
しかし、その面がいきなり波打ち始めたのだ。
その空間に疑問を抱いていると体が勝手に動いて回避行動を始めた。
頭は理解が追い付いていない。しかし、すぐに知ることとなった。
先程までいたところに黒い刃があった。
あのままあそこにいたら串刺しになっていたのは間違いなかった。
「も~、避けないでよカトレア! それに当たれば、カトレアは簡単に意識を無くすことができるの! せっかく前にやった神経切断の魔法を、師匠が一時間程度で元に戻せるよう改良してくれたのに!」
「……ちなみに試したことは?」
「ないよ? ……師匠も多分なんとかなったと思うって言ってたし、大丈夫なんじゃないの?」
その言葉で当たらなくて良かったと顔を青ざめたカトレアは心の底から思った。
「……出来れば他の方法はないのですか?」
「……カトレアはわがままだな~」
「……申し訳ありません」
「しょうがないな~、じゃあ他のにしよっ」
「ありがとうございます!!」
(う~ん、あれが一番良い方法だったんだけどな~。…………どうしよ)
ベルには、他の方法をすぐに思い付くことができなかった。相手を無力化するならこの魔法が最適だったし、その他の魔法にカトレアを怪我させずに戻す方法はなかった。




