21話 支配者との戦い7
「あれ? ソラ君いったいいつからそこにいたの?」
テーブルを台拭きで拭いていたエリスが、いきなり現れたソラに声をかける。とはいっても、テーブルを拭いている彼女は、彼の姿を見たわけではない。
なんとなく、ソラの気配を感じただけのため、振り返らずに広いテーブルを拭く。。
「あ~、そうそう。ちょっと前にレン君がソラ君を探しに行ったんだけど、入れ違いになったの? 先生もどっか行っちゃうし、さっきも変な爆発音がしたし、なんかあったのかな?」
「別に気にすることなど何もない。どうせ、皆すぐに死ぬ」
「……どうしたの? いつものソラ君らしくないね~。髪も脱色してるみたい……!?」
ディザイアは振り返ったエリスの腹部を殴って、近くの木へと叩きつけた。
エリスは腹部から垂れる血を朦朧とした目で見ながら、もう一度、ソラの方を見た。
「……な……んで」
エリスの体が横に倒れた。
その状態になったエリスは、自分の方を見向きもしない『自分を殴った存在』に向けて、その言葉を告げるが、反応は返ってこなかった。
「さぁ! 始めるとするか!!」
そう言ったディザイアは、宙に浮き、手を広げ、新しく得た力を試そうとする。
「させるか!!」
それと同時のタイミングでやってきたマルクトはディザイアに向けてそう言うと、嫌な予感を感じ、倒れたエリスの方を見る。その表情は簡単に怒りという色に染まった。
「てめぇぇぇえ!」
感情に任せてディザイアに向けて攻撃を放とうとするが、エリスのか細くなった呼吸音が、その行為を止めさせた。
マルクトら急いでエリスに向かって魔力弾を放つ。簡易的な治療効果のある魔力弾は、エリスの腹部から出ていた血を止め、痛めた内臓を癒し始めた。
マルクトは、エリスの容態が安定したのを横目で確認し、ディザイアへと渾身の蹴りを放つ。
しかしーー
「なんで、お前が止める!?」
ディザイアに向かって放たれた強烈な蹴り、それを止めたのは先程までディザイアに拘束されていたはずのレンだった。
「よくやった。では始めよう! |デッドエンドワールド!!」
ディザイアの手元に凝縮していた魔力の塊が破裂し、山全体にその効果が行き渡った。
驚いた一瞬の隙をつかれたため、俺は何も出来なかった。
◆ ◆ ◆
ディザイアの放った力は、山の中のみに影響を及ぼしたのは、魔力感知を瞬時に発動したことで見えた。それにもかかわらず、大気は荒れ、晴天だった青空は黒い雲を全体に行き渡らせる。
風がざわつき、森の木々が揺れる。
いつの間にか稲光まで発している雲、まるで世界がその力に対して危機感を抱いているようにも感じた。
次の瞬間、辺り一帯に閃光が広がり、雷鳴を轟かせた雷が空中に浮いているディザイアに直撃した。
一点狙い、他に何の影響を与えることなく、狙いを貫いた一撃、普通の人ならば、全身黒焦げになること間違い無しの雷撃。にもかかわらず、そこにいた人間の器を借りた魔族は、高笑いをしていた。
「ふっ、毎度毎度安全圏から邪魔ばかりしおって。安心しろ。この世界を手に入れれば、次は貴様らの天界をいただくぞ!」
高笑いをやめたディザイアは、空を見上げ、にやつきながら、言い放つ。
(……おいおい、化け物かよあいつ)
あれほどの雷撃を受けて無傷という結果を見せられ、マルクトはそんな感想を抱いた。
……それにしても、先程ディザイアが放った力の塊が気になる。
俺自身には一切の効果を及ぼしたようには見えなかったが、結局わからず仕舞いだ。
それだけじゃない。あの謎の攻撃を止めようとした際、レンが邪魔してきたことが解せない。
先程まで紋章の形をした拘束具で動けないでいたというのに、このタイミングで戦闘に割って入ってくるとは思っていなかった。ましてや、敵を守るなんて……いったいどういうつもりなんだ?
マルクトは、側で気絶しているエリスに回復魔法をかけながら、そんなことを考えていた。
先程、謎の攻撃に晒されたマルクトは、動けないでいるエリスの下まで行き、咄嗟に強力な結界を張ったのである。
「う……う~ん」
「気がついたかエリス?」
エリスの呻き声を聞いて、マルクトは彼女の頬を軽く叩き、意識があるかを確認した。
「……あれ? 先生? ……なんで、私倒れて」
「悪いが、質問に答えている暇はないみたいだ。立てるか?」
「な……なんとか」
「そうか。どうやら、俺はお前たちを守る余裕は無さそうだ。皆と共に 今すぐ麓に向かってくれ。途中、カトウやユリウスと合流した際は、緊急事態と言えば、わかってくれると思う」
「わ……わかったけど、先生はどうすんの?」
「俺はソラとレンの二人を助ける。すまないな。さっきはちゃんと守ってやれなくて。俺がもっとしっかりしていれば、エリスは痛い目にあわなかったのにな」
マルクトがエリスの方へと声をかけていると、近くの方から足音が聞こえてきた。
「大丈夫ですか、エリスさん? さっきこちらに雷が落ちたと思うんですけど。……無事なら返事をしてください」
足音の正体は、エリスを心配して声をかけたクレフィを筆頭に、エリナ、アリス、メグミ、ユウキの五人だった。
カトレアとベルの姿が見えないことに違和感を感じつつも、とりあえず、そのメンバーの無事が確認できたことにマルクトはこの時、安堵した。




