21話 支配者との戦い3
少年は、見晴らしのいい丘の上に立っていた。
青く広い空の中で、雲は流れにそいながら徐々に移動していく。
まるで、決められた行動を淡々と行っていく人間達のように、抗おうとせず、ただ、流れていく。
僕はそれが大嫌いだった。
ほとんどの人間は、この雲のように、ただ決められたことをこなすだけで、実につまらない。
もっと努力すれば、抗える程の力を得れるのに、それを望む人間はごく一部しかいない。
もっと血反吐を吐くような努力をしろよ。決められた運命という名のレールに黙って乗ってんじゃねぇよ!
「こんなところにいたのか」
背後から聞こえてきた声に、ソラはにやりと笑った。
「やぁ、今日はいったい何の用だい?」
振り返ったソラは不敵な笑みを浮かべながら、レンに声をかけた。
「そろそろ飯出来るってよ。今朝から何も食べてなかったせいで、腹減ったよな~」
「安心しろよ、レン。お前が食事をとることは二度と無いから」
「え?」
ソラに背中を向け、皆のもとへ帰ろうと歩を進めていると、ソラがいきなり変なことを言った。
振り返ったレンは、いきなりソラの手に顔を鷲掴みされ、体が浮かぶ錯覚に陥った。否、それは錯覚などではなく、本当に起こっている現象だった。
「は……離せよ。こ……こんなことして……いったい何のつもりだよ!」
「お前に教える義理はないよ」
意識が遠退いていく危険な感覚に苛まれながら、レンは最後の力を振り絞って殴ろうとするが、ソラはそれを余裕で防ぐ。
「……くそっ。……俺をいったいどうする……つもりだ?」
「安心しろよ。お前程度ならすぐに傀儡となるだろう。せいぜいその身を、我輩の野望のために使ってみせよ」
その時、体や脳に何かが入り込んでくる感覚が、レンの意識を黒く塗り潰した。
「…………早かったね……先生」
レンの意識がなくなった瞬間、ソラは後ろに現れた存在に声をかけた。
そこには、白衣を羽織った青い髪の担任教師が立っていた。
てっきり、後二、三人を傀儡にした頃に、登場すると思っていたのだが、どうやら想定以上だったらしい。
「……変な感覚がして来たんだが、……なにやってんだソラ?」
マルクトの目が捉えたものは、およそこの世に存在する魔法では到底不可能な現象だった。
幾重に張られた魔方陣によく似た紫の紋章が、気を失ったレンを空中で拘束している。
「レンにいったい何をした?」
「あはっ、てっきり先生はもうちょっと手遅れになってくるもんだと思ってたんだよね~」
「おい、話聞いてんのか?」
「正直、先生のことは見くびってたよ~」
ソラは、マルクトの言葉は聞こえているように振る舞っているが、話は噛み合っていない。
こうなったら、両手首、両足首、頭についたあの紋章を、レーザーで直接壊すしかないか?
「やめた方がいいよ~。これは先生の魔法に影響されないやつだからさ~。まっ、自分の大事な生徒が死んでもいいって言うなら、やってみれば?」
レーザーという光属性の攻撃系小型魔法を発動寸前の状態で保っていたマルクトだったが、その言葉で魔法の発動を取り消した。
ここで撃てば、その正否はわかるが、レンに多少なりともダメージが入る。
学園の高等部教師が人質の生徒を撃ったとなれば、その表面だけを捉えて騒いでくるバカ共がうるさいというデメリットがついてくる。しかし、こうして悩んでいる間にも、レンがあの紋章によって、危険な目にあっているというのも紛れもない事実。
本来なら、レーザーを急所ではない箇所に試し撃ちするというのが正しいんだろうが、おそらくソラはさっきの言葉に嘘を入れてはいない。
ソラの言葉は今回の件がばれること前提だと言っているようなもんだ。
おそらく、狙いはーー
「俺なんだろ? お前が倒したい相手ってのは。人質とかで、俺を誘き寄せるつもりだったんだろうが、別に決闘くらいなら、いつでも受けてやったぞ? もちろん、それ相応の覚悟はしてもらうがね。……だから、さっさとレンを放せ」
それは、マルクトの教師としての最後の勧告だった。
「ハハッ! ハハハハハハ、ハハハハハハハハハ!!」
いきなり不気味な笑い声を上げたソラは、
「違うんだよ先生! それじゃ駄目なんだ。僕があなたに望むのは、本当の勝負! 待ったなんて許されない! 降参なんてありはしない! 己の命か相手の命が尽きることで初めて成り立つ勝敗! 先生! ……僕と殺し合いしてよ」
狂喜に染まった笑いを振り撒くソラが、マルクトには昨日までのソラと同一人物には思えなかった。
別に殺し合いを望む人が珍しい訳じゃない。確かに、ソラは基本的に寡黙で、冷静沈着なイメージが強かった。状況に応じて、対応を変えてくる戦い方に、将来性を見出だしていたのだが、その心の内にはどうやら魔物を飼っていたようだ。
ただ、一つ疑問がある。もちろんあの紋章はよくわからないが、それよりもこのタイミングで仕掛けてきた理由がわからない。
ここには、ソラが相手にならないような連中がごろごろいる。
少なくとも、彼の同級生以外は全員ソラより格上だろうというのが、俺の評価だった。
それにも関わらず、こんなタイミングで仕掛けてきたのが俺にはどうしても解せなかった。




