20話 キャンプ8
バーベキューも終了し、午後四時まで自由行動になった。
他の皆と遊ぼうと考えていたメグミは、簡易的に作られた炊事場へと向かうと、クレフィが一人で皆の使った食器を片付けていた。
「クレフィ先輩!? もしかしてこれ一人で全部洗う気ですか?」
「そうですね。ですがメグミはあまり気にしないでください。あなたは、休みをとってこの場にいるのですから」
「だけど、マルクトさんだって、クレフィ先輩にも息抜きしてもらいたいと思っていますよ!」
「……そうでしょうね。旦那様はお優しいですから。……しかし、これは私が旦那様の役にたちたいと思って勝手にやっていることです。本当に気にしないで」
「……クレフィ先輩」
メグミはそう呟くと、その場から立ち去った。
クレフィは、彼女が立ち去るのを見送ったあと、洗い物を再開した。
洗い物の量はとても一人で出来る量ではなかった。
それでもクレフィは、文句を言わずに一人で行う。
マルクトの屋敷で使用人をやっているのだから、このくらいで根をあげる訳にはいかない。
あの時、あの人の役にたちたいと願ったからだ。
◆ ◆ ◆
クレフィは、普通の少女だった。
魔法の才能があって、優しい父と母を持つ一人の少女だった。
友達もいたし、お金にも不自由はなかった。見た目も人よりいいという自覚はあった。
人より恵まれているとそう思っていた。……あの時までは。
八歳の時、ママが死んだ。本当に突然だった。
理由はおそらく病死。パシメルン病にかかって死んだんだと今ならわかる。
……しかし、降りかかる不幸は、それだけでは済まなかった。
ママの死からすぐだった。
体に変な痣が出来て、体が思うように動かせなくなった。頭痛、吐き気、その他にも神経が麻痺したりと、あらゆる激痛が、降りかかった。
パパは、私まで失いたくないと言って治療法を探しにいくことが多くなった。
そんなある日、パパがいつものように治療法を探しにいった。しかし、普段と違って今まで以上の激痛が私の体を襲った。
寝かされたベッドの上で悶絶している私を助けてくれる者は家にいなかった。
なんとかしてほしかった私は、家を飛び出した。
激痛に耐えながら、家の外に出た私を待っていたのは、過酷な環境だった。
皆が奇異の目でこっちを見てくる。やがて、例の病気にかかった者だと、一人が騒ぎだし、その場にいた全員がこっちに近寄るなと言ってきた。
助けを求める声を聞き入れてくれる人はいない。
数ヶ月前まで友人だと思っていた子たちは私に向かって石を投げてくる。
(なんで? ……なんでそんなひどいことするの? 私は………私はただ、助けてって言ってるだけなのに)
やがて、その場には誰もいなくなった。
皆は私を避けるように家へと避難する。
「……助けて……パパ、………助けて」
雨粒くらいの大きさになった涙を目から流しながら、道をふらふらしながら歩く。
涙で前が見えなくなって、それでも助けを求める私は、誰かにぶつかった。
立つ余力もなくて、よろめいた私を、その男の人は左の腕で支えてくれた。
「おいおい、大丈夫か? そんな体中痣だらけにして、いったい何があった?」
私に向かってそう言った男は、隣の人たちとなにかを言い合っていた。
(きっと、この人は私の病気を知らないんだ。だから、隣の人が教えてるんだ。………私も死んじゃうのかな? ねぇ、死んじゃったら、ママに会える? ……でもパパ一人じゃ寂しいよね。……死にたくないよぅ)
私は、涙で霞む目を、腕で拭って、目の前にいる青髪の男に、「……たす………けて」
と最後の力を振り絞って懇願した。
青髪の男は、横の二人を一度見てから、
「ああ、いいぞ」
と屈託のない笑みをこちらに向けてきた。
◆ ◆ ◆
(あの後、旦那様は私の体を治療してくれました。あの時、旦那様に会えてなかったら、今の私はここにいなかったでしょうね)
懐かしいものでも思い出したかのように、笑みをこぼすクレフィ、今の生活を不満になんて微塵も思っていない。あの人のお役に立てるならなんだってやる。
友達なんていらない。困っている相手に石を投げる友人なんて絶対にいらない。
私には旦那様さえいてくれればそれでいい。
例え、私を愛してくれなくともいい。私は旦那様の傍にいれればいい。
だから、あの人の傍に居るために、居続けるために、私に出来ることはなんだってしてみせる。
「クレフィ先輩お手伝いにきました!」
その聞き覚えがある声は、後ろから聞こえてきた。
「え……なんで? さっき皆さんと一緒に遊びにいったんじゃ?」
「断ってきちゃいました。皆で食べた食器をクレフィ先輩に任せっきりにしては、亡き母に怒られちゃいますから」
メグミは、クレフィの隣に立って洗い物を手伝い始めた。
「……いいんですか? そりゃ私は大助かりですが、皆さんと遊ばれた方がーー」
「クレフィ先輩、何もあなただけがマルクトさんに助けられた訳じゃないんですよ。かくいう私もマルクトさんには、助けていただきました。家族を失った私に新しい家族と居場所をくれた。そんな恩人の役にたちたい。日頃迷惑をかけているぶん、こういうところで頑張らないといけないんです。だから、手伝わせてください」
メグミがクレフィを見て微笑むと、彼女は、穏やかな笑顔をメグミに向けていた。
「……まったく、あなたという人は………わかりました。そういうことなら、ご助力ねがいますね」
「はい! 任せてください」
クレフィの畏まった言葉にメグミは胸を張って答えた。




