3話 魔導王国マゼンタ3
扉をノックする音が室内に響く。
その音が先程来るように伝えていたクリストファーが来た合図なのだとマルクトはすぐに理解した。
「入ってくれ」
「失礼します。それでどういったご用件でしょうか?」
「今回、居候することになったベルについてだ」
「お嬢様についてでございますか?」
マルクトは少し間を開けて大きく息を吐き出した。そして、椅子に深く腰を落ち着かせながら、告げた。
「実は……彼女は魔王なんだ」
俺は今回の魔王討伐に向かった際に起きた出来事と彼女達を家に招き入れた理由を包み隠さずに話した。クリスは俺の話をただ黙って聞き続け、時折驚いたような反応を見せるだけで終わるまで口を挟むような真似はしなかった。
「……驚きました。お嬢様が魔王ですか……」
「そうだ。それなりの力は持っているが扱いきれていないようだった。彼女自身はあまり人と交戦したくないと言っているから大丈夫だとは思うが、一応周りに知られないようにはする。クリスに話したのは意見が聞きたかったからなんだ」
「……といいますと?」
「俺の行動は自分で勝手に決めたことだから後悔はしていない。だが、周りからしたら、いずれこの世界に混沌をもたらすかもしれない魔王を俺が育てているようにも見えるだろう?」
「しかし、それでも旦那様は魔王ベルフェゴールを育てるとおっしゃられるのですね?」
「まぁな。俺にはむしろ、あの場所にベルを放置していた方がよっぽど良くないことになると思った。それなら俺は、ベルがこの先、人間たちを憎み、滅ぼうと考えないようにさせればいい。……違うか?」
「いえ。私は旦那様の意見に賛成にございます。しかしながら、旦那様がおっしゃったように、良くないと考える者も、反対する者もいることでしょう。まずは、ベル様の身元を偽証するように手配致しましょう」
「頼む」
相変わらずの迅速な対応と冷静な判断力、これだからこの人は頼りになる。
「それと……」
「どうした?」
考え込むような仕草を見せたクリスに続きを促すと、彼は口を開いた。
「一つ気になっていたのですが、お嬢様から妖気を感じなかったのは旦那様が何かなされたからなのでしょうか?」
なんだそんなことか。
「ああ、彼女の妖気は俺の魔力で抑えこんである。一応俺が生きている限りは彼女の正体がばれることはないだろう」
「さようでございますか」
「……というか、今更だが良いのか?」
「何がでしょう?」
「ベルをお前たちに相談せず、勝手に家に招き入れたことだよ」
「致し方ない状況だったのでしょう。それに旦那様の決めたことでしたら、私に反対する意思などございません。それではこれで私は失礼致します」
そう言って頭を下げたクリスは部屋を退室した。
あまり人に伝えるのは良くないが、クリストファーという人間は俺の知人の中でも数少ない信頼できる人間の一人だ。受け入れる云々は抜きにしても、俺一人ではどうにもならない問題も彼の助けがあればなんとかなる。
いざというときは頼りになるだろう。
「まったく……俺にはもったいない執事だよな……」
そんな独り言を呟き、仕事を再開しようとすると急に扉が開かれた。
「お兄さん遊ぼう!」
活気にみち溢れた大きな声が少女の口から放たれる。部屋の入り口には楽しそうな表情を見せているベルが立っており、彼女は許可なく部屋の中に入ってきた。
彼女の登場に少し驚いたものの、すぐに彼女へ答えを返す。
「悪いな、今忙しいんだ。後にしてくれないか?」
「嫌だ! 今がいい!!」
「そう言われてもなぁ……」
ベルのわがままにそう答えながら俺は机にたまった大量の書類を確認した。
マルクトが魔王討伐でいなかった約三ヶ月、当然の如くマルクトの研究所での仕事がどんどんたまっていった。遂には研究所の者が仕事を家まで届けにくる始末。特にマルクトにしか出来ない仕事なんかはマルクト不在ではどうすることもできず、今では山のように積み上がっていた。
マルクトは仕事を片付けようと奮闘するも未だに残っており、そのため彼はここ数日まともに寝ていなかった。
しかし、ベルはそんなことなど露とも知らないし、知ったとしてもそんなものは関係ない。
「やだやだ、遊んで遊んで!!」
遂には駄々をこねはじめた。
「無理なものは無理なの」
マルクトはため息をつきながら言った。
だいたい遊べるものなら、マルクトも遊びたかった。しかし、そんなことをあのクリストファーが許してくれる訳がない。彼も仕方なく仕事に集中しているのであった。
ベルは今にも泣き出しそうな様子で唸っていると、何か閃いたような顔になった。
彼女はマルクトの服を掴み、彼の顔を見上げる。
「なら、魔法を教えて!!」
「……魔法?」
唐突過ぎるベルの発言にマルクトは眉をひそめた。
「うん。私もお兄さんみたいにすごい魔法使いになりたいの!」
いや忙しいと言っているのに、何故魔法ならいいと思ったのか?
まったく子どもとはよく分からない。
そう思い、断ろうとしたがベルと初めて会った時に、ベルが魔法を暴走させていたことを思いだした。
(……もしもベルが俺のいないときに興味本位で魔法を使おうとしてまた暴走したら? 今度はこの家が吹っ飛ぶんじゃないのか?)
そんな最悪な想像に頭を悩ませる。
(……預かった身としては……彼女を育てるのも俺の役目か……)
その結論に至り、俺は彼女の頭に手を置いた。
「……分かった。一時間したら仕事も一段落する。そしたら教えてやるよ」
その言葉に目を輝かせたベルは座っているマルクトの足に抱きついて顔を上げた。
「やったー。約束だよ!」
そう言うと、ベルは満面の笑みで喜び、部屋を出ていった。
◆ ◆ ◆
仕事を一段落終えた俺はベルを連れて庭に出ていた。
ベルは魔法を教えてもらえるというのが嬉しいようで、とてもはしゃいでいた。
「これから魔法を教えるんだが、まずは魔法学の基本を学んでもらう。始めによく覚えておけ。魔法は許可なく街中で使った場合捕まってしまう。使うなら教育資格を持つ俺のような魔法使いを傍に置くか、許可をもらった私有地で監督官と共に使用するかのどっちかだ。わかったか?」
「は~い」
元気よく返事をしたベルの頭を軽く撫でた。
「よし、では続きだ。まず魔法には属性というものがある。炎属性、水属性、風属性、地属性、光属性、闇属性の六種類があって、この属性の適正がないと魔法は使えない。例えば、水属性の水刃という魔法は、水属性の適正がないと使えない。ベルに水属性がなかった場合、この魔法は使えないというわけだ」
その説明を終えると、メグミが頼んでいた紅茶を持って来てくれた。
メグミに感謝の言葉を伝えてから、メグミにもここに残るよう引き留めた。
そして、ベルのほうを見ると、説明を終えたマルクトに、楽しそうな表情を向けていた。
「そんなことより私にはどんな属性があるの?」
「今からそれを教えるからメグミもやるぞ」
「私もですか?」
首を傾げるメイド服のメグミ。……意外と様になってるな。
「当たり前だろう? お前にも魔法の才能があるかもしれないじゃないか?」
よくわからないといった様子でメグミはベルの隣に立った。
「さて、まずは二人とも、目を閉じろ」
とりあえず自分の中にある魔力を感じてもらうことが重要なので、目をつぶらせて、己の中にある魔力を感じて出た色を教えてもらうことにする。
これは魔力感知魔法の初歩で魔力には本人の質と量を色で示すことができる。
魔力感知は教えれば誰でもすぐに使えるようになる無属性の魔法だ。
魔力感知によって表示される色は、黒、紫、青、赤、緑、黄、白の七段階が現在確認されている。
この色によって、その人が使える魔法の属性の数が決まり、魔力の量は濃さによって決まる。
黒なら六種類全部、紫なら五種類、青なら四種類、赤なら三種類、緑なら二種類、黄なら一種類で、白は魔法の使えない者たちである。
白は魔法が使えないとは言っても、正確には魔法を使える程の魔力も属性もないというだけだ。
この魔力感知が誰にでも使えるのは、別にこの魔法が微量な魔力でも使えるという意味ではなく、魔力が足りなければ、少々の血を代償に魔力を生成して魔法を発動させているからであった。
多少の魔力であれば、血を代償にしても貧血程度にしかならないのでたいしたことではないのだが、やり過ぎると失血死する可能性もある。
だから、白の人は白だとわかってからは、基本的に魔法を使うことはない。
なぜならそれは、命を削ることと同じなのだから。
「……という訳でこの魔力感知が安全なことがわかったところでいざ実戦といくか」
メグミとベルは未だによくわかっていない様子だったが、とりあえず考えるな感じろという昔の友人がよく言っていた言葉に則ってやらせてみた。
計測結果はベルが濃い紫で、メグミが薄い赤だったらしい。
ちなみに普通は白か黄が多いのだが、案外メグミは魔法の才能があるみたいだ。
ベルの濃い紫という結果にも驚かされた。
まだ子どもとはいえさすがは魔王、そんなに魔力があるとは正直俺も予想していなかった。
成長したらとんでもない魔法使いになってしまうな。
育て方には気をつけるとしよう。




