17話 魔法開発研究所4
いきなりその場に現れたマルクトを見て、ミアとアシュリーは唖然としていた。
何が起こったのかと困惑している二人とは異なり、所長とメアリーはその現象に感嘆している。
「お疲れ様でした。どうでしたか? 普段使っている転移魔法と比べるとやはり難しかったですか?」
さも成功するのが当然だと言わんばかりに、普段通りに話しかけてくるマリアだったが、その顔はまだ若干赤みがかっていた。
「普段と比べるとまだ慣れてないからか、結構疲労が大きいかな。でもまぁ、相手が自分の知らないところにいれば直ぐにでも駆けつけられると考えれば、すごい魔法具だと思うぞ」
マルクトは自分の手を開いたり握ったりして感覚を確かめる。普段は感じない痺れがあったため、行った行動だったのだが、それを見ていたマリアが、心配そうな顔をしながら、マルクトの手を握り回復魔法をかけてくれた。
今度は回復阻害などついていないらしく、すぐに痺れも切れた。
「ありがとうマリア。もう大丈夫みたいだ」
「そう? それなら良かった」
「いやいやいやいや!! ちょっと待って!! なんで転移魔法のことを皆平然と受け入れちゃってんの!?」
マルクトとマリアに、サイズの合っていない白衣を引きずりながら、驚愕した表情のまま近付いたのは、サテライト開発者のミアだった。
彼女は不可解なものでも見たかのように、言ってくるが、その場にいるアシュリー以外の全員が彼女が何を言っているのか分からなかった。
「えっ!? なんでそんなポカーンとした顔でこっち見てるの? えっ、あたしがおかしいの?」
「……そんなに変なことしたか? 俺はただ、位置が分かる機能を持つサテライトに向かって転移魔法を使っただけだぞ。そんなにおかしかったか?」
最後の「そんなにおかしかったか?」は隣にいるマリアに向けられた言葉で、彼女はその言葉に首を振った。
「さも当然であるように言ってるけど、おかしいから!! だいたい転移魔法なんて魔法がなんで使えんのよ!! あれは、六賢老の賢者六人にしか使えないような超難易度の高い魔法だったはずよ!!」
「そんなこと言われたって師匠に教えられたからとしか言いようがないな」
「……師匠? ってことはあんた六賢老の弟子ってこと?」
彼女の問いにマルクトは即答出来なかった。その疑問はマルクトが何年も前から抱いていたものであり、未だに解答が得られていないものだったからだ。
何度尋ねても彼女は答えをくれなかった。
『私に勝て』
それが答えを知る方法だった。
魔法の才能に関しては、師匠よりも俺の方が上だと言われた。しかし、技術の劣った俺が、数百年生きている彼女に敵うはずがなかった。
「………さぁ? 俺は師匠についてあんまりよく知らないんだ。………でも多分、違うと思う」
六賢老と呼ばれる存在が忙しいのは知っている。それこそ、俺なんかの仕事が遊びに思える程の仕事を日夜こなしているとカルマ・メルトーレ学園長から聞いた。
しかも、あの年は災害や飢饉などで忙しかったと言っていた。
そんな状況で、見ず知らずの俺なんかを弟子にして、仕事を増やしているんだとは、どうしても考えられなかった。……いや、考えたくなかった。
考えると、あの日した選択が間違っていたんじゃないかと思ってしまうからだ。後悔と自責の念で押し潰されそうになりながら、彼女が六賢老かもしれないという考えを必死に否定した。
◆ ◆ ◆
ミアは先程までと異なり、急に黙り始めたマルクトにいったい何があったのかと、声をかけようとした。しかし、それはマリアという女性研究者から目だけで止められた。
マリアにはわかっていたのだ。
おそらく彼が、自分の一生を決める重要な選択をしたことを。そしてそれは、この数ヶ月の間であったはずだろうということも。
彼がいなくなる前に見せたあの絶望に染まった瞳をマリアは忘れることがどうしても出来なかった。声をかけるのも憚られるような瞳に、マリア自身どうすればいいのかわからなかった。
だが、二ヶ月ぶりに見せたその瞳に絶望の色はもうほとんど残っていなかった。
でも、ほんの一瞬、彼にこの二ヶ月間どこで何をしていたのかと所長が聞いた時、その瞳には誰かに対する怒りの色が伺えた。
彼自身が普段は絶対に見せないような瞳に息がつまりそうになった。
それが自分自身に向けたものなのか、それとも他の誰かに向けたものなのか、あるいは両方か。未だに聞けていないが多分聞いても、あの時同様はぐらかされるに決まってる。
だがあの日、久しぶりに会えた彼の瞳には怒りとは別に悲壮感があった。
何かがあったんだろう。カトウ君の件かと思ったけど、なんとなく違うんだと思った。
それは何か重要な選択をした直後の瞳だと思った。
最初はただの勘だった。でも、絶対にそうだと確信していた。
だって、離婚した父さんについていくか、母さんについていくかを選択した直後の、鏡で見た自分と同じ瞳をしていたから。
普段は自分のお茶を褒めるなんてことをしない彼が、珍しく褒めてくれた。そして、その後に出た言葉が自分を諦めさせようとしているのだとなんとなくわかった。
だから、離れたくなくて、彼を一番誰よりも理解していることを知ってほしくて、彼の良いところや素晴らしさを説いた。
しかし、結果的に地雷を踏み抜いて、彼を怒らせてしまった。




