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弟子は魔王  作者: 鉄火市
第4章 夏期休暇編
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15話 奪われたカトウ4

 他のメンバーも俺同様に驚きを隠せない様子だった。

 さっきまでの和やかな雰囲気が一転し、沈黙が空間を支配する。

 言った本人の表情を伺ってみれば、どうみても嘘を言っているような表情には見えない。

「……なぁユリウス、悪いがお前は帰った方がいいと思う」

「!? ふざけるな!! 俺だって残るぞ!!」

「……結果は後で教えるから……すまない」


 マルクトがユリウスに対して小声で謝った瞬間、その場からユリウスが一瞬で消えてしまった。

 その場にいる誰もが、マルクトの転移魔法だと気付くがその意図は誰にも読めなかった。


 ただ、アリサだけがそれどころではなかった。

 彼女は、腕に抱いたチェス盤を握りしめながら、小刻みに震えていた。おそらく、ユリウスとマルクトの会話も、ユリウスが消えたことにも気付いていないのだろう。

「……何……言ってるの? これを教えてくれたのは……あんたじゃん」


 彼女の震えた声が、カトウの心を締め付ける。

 確かにアリサには何かを教えた記憶がある。ただ、どうしてもその内容が思い出せない。

 自分の記憶に、もやがかかったような感覚があって何故か思い出せない。

 何かがおかしい。

 きっと昨日までならすぐに思い出せたはずの内容だっただろうが、それに関する記憶がない。

「……すまない」


 その言葉が引き金となって、アリサは握りしめていたチェス盤や駒をカトウの方に思いっきり投げつけた。

 カトウはそれを防ごうともしなかった。当たった額から血が垂れていた。

 チェスで扱う道具をカトウにぶつけたアリサは、部屋を飛び出してしまった。

「アリサちゃんは私が追いますから、マルクト先生はカトウ先生をお願いします!!」

 メルランはマルクトにそう言った後、アリサを追いかけるように部屋を飛び出していく。

 後に残されたカトウは、彼女にそう言うしかできなかったことを悔しがっていた。噛んでいる唇から血が滴り落ちている。

 それを心配するミチルを横目にマルクトはどうしても聞かなければならないことを聞いた。


「なぁ、お前がチェスというゲームを知らないことは分かった。彼女にとっては思い出深いものだったんだろうというのもなんとなくわかる。なら、お前が教えてくれた別のゲームはどうなんだ? 将棋やオセロなんかはどうだ?」

 カトウは、無言で首を横に振った。

 その姿を見て、マルクトは心の中で必死に願った。

(どうか、どうかここまでであってくれ)

 マルクトはその願いを胸に秘め、覚悟を決めて聞いた。

「……だったら、お前の故郷はどうなんだ? ニホンという国のトウキョウっていう王都に住んでいたんだろ?」


 その言葉を聞いた瞬間、カトウの顔が真っ青になってしまった。

「……いったいどこなんだそこは!! なんでその名前の国を思い出そうとしたら、記憶にもやがかかるんだ!? なんでなんでなんで!!」

 カトウは自分の髪をかきむしりながら、泣きそうな声で嘆いている。

 頭をおさえて丸まった彼の背中をさするミチル。その顔はカトウよりも辛そうな表情をしている。


(代償は大切なものを奪う、か……)

 マルクトは丸まっているカトウの側に近寄る。

「……ねぇ、マルクトさん?」

「……なんだ?」

「……これがテツヤさんの払った代償なんですか?」

 言いにくそうに言ったミチル、今にも泣き出しそうな彼女の言葉を出来れば否定したかった。

 だが、言わなければ始まらない。

「おそらく間違いないだろうな。……カトウの払った代償は故郷の『記憶』だ」

 それを言ったマルクトの顔がミチルにはとても悔しそうに見えた。


         ◆ ◆ ◆


 それから数秒が経過し、カトウが悲しそうな顔で言った。

「二人とも……すまないが出ていってくれないか? ……少し一人になりたいんだ」

 

 立ち上がり、何事かを言おうとしたミチルだったが、それはマルクトによって阻まれた。

 ミチルの肩を掴んだマルクトは、不安そうにこちらを見てきたミチルに対し、無言で首を横に振る。

 ただ、それだけでミチルも諦めたように部屋の扉に向かった。

「また明日な」

 マルクトはカトウに向かってそう言ったが、それに答えは返ってこなかった。

 マルクトは諦めたようにミチルと共に部屋を出た。


         ◆ ◆ ◆


「……今日はいつにもまして冷え込むな」

 暗くなった夜道を一人で帰るマルクト、周りに誰もいない夜道を冷気が支配しているこの場所で、そんな独り言を呟いていた。

 自分の屋敷はこの方向ではなかった。

 では何故戻っていないのかと言われれば、単に今家に戻れば、何をしでかすか彼自身分からなかったからだ。


 カトウの代償は故郷に関する記憶、カトウはもう二度とその地に戻れないからこそ、それは自分の大切な思い出だと言っていた。それほどまでに大切だった記憶を何故あそこまで残酷に奪えるのか。

 神と呼ばれる存在が本当にいるのなら、一発殴らせてほしいと思った。


 そんなことを考えながら、街中を歩いていると、見覚えのある場所を見つけた。

 ただの路地裏、暗く人があまり通りたがらない道、人を襲う連中には格好の狩り場として好まれるこの場所をマルクトは見覚えがあった。

(そっか。ここだったなカトウと初めて出会ったところは……確か、はじめてカトウに会った日もこんな肌寒い日だったな)

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