第264話 アダモちゃんとイネス
イネスは、怒っていた。
「何だって、私たちがグンマー連合王国と戦わなくちゃならないの……?」
イネスの前には、カーキ色の軍服に身を包んだ男がふんぞり返っていた。
中央委員会から派遣された政治将校のアダモヴィチだ。
「同志スターリン及び中央委員会の決定だからだ」
「スタリーンねえ……。サロットのことだろ?」
「今は、同志スターリンだ!」
「何で名前を変えるのかしらねえ……。あなたも前はアーリフって名前だったわよねえ……。確か、今の名前は――」
「アダモヴィッチだ! 同志スターリンに、つけていただいた名だ!」
アダモヴィッチは、嬉しそうに胸を反らした。
ここは、ソビエト連邦のカタロニア地方である。
カタロニアは、ソビエト連邦の支援でマドロス王国から独立し、すぐにソビエト連邦に加入した。
カタロニア人の独立国で、国名は『カタロニア・ソビエト社会主義共和国』。
ソビエト連邦の構成国の一つだ。
ヨシフ・スターリンは、構成国の支配を強めようと画策していた。
そこで、政治将校をカタロニアに送り込んできたのだ。
政治将校アダモヴィッチ(ヨシフ・スターリンに与えられた名前。アダモステのロシア誤訳)も、その一人だ。
一方、サーベルタイガーテイマーのイネスたちカタロニアの幹部たちは、困惑していた。
念願の独立を勝ち取った。
支援してくれたソビエト連邦に加入した。
幹部たちは、ソビエト連邦加入を『緊密な同盟』程度に考えていたが、中央委員会直属の政治将校が送り込まれ、あれこれと命令をしはじめたのだ。
特にイネスは、ヨシフ・スターリンと中央委員会の好戦的な姿勢に反感を覚えていた。
「ねえ、アダモヴィッチさん……。私たちカタロニア人は、独立した。独立できた以上、平和に暮らしたいの……」
「同志イネス! カタロニア独立を支援したのは、同志スターリンや中央委員会だ。我々が活動資金や武器を提供したからこそ、支配者マドロス人を追い出すことが出来たのだと思うが?」
「それは……感謝しているわ……」
「で、あれば! 次は諸君らが、我々に協力する番だ!」
「それが……、グンマー連合王国との戦争……?」
「共産主義革命を世界規模で起し、支配階級を打倒するのだ!」
「……」
政治将校アダモヴィッチの言葉に、イネスは閉口した。
理想としては、わからないでもない。
しかし、隣の国の政治体制がどうであろうと、イネスはどうでもよかった。
転生者である赤獅子族のヴィスは、イネスのそばでジッと話しを聞いていた。
立ち上がると、アダモヴィッチに近づいた。
「なあ、アダモちゃんよう」
「アダモヴィッチだ!」
「どっちでもイイだろ? コラ! 昔のお笑い芸人みたいな名前しやがってよ! ペイとか言ってみろよ?」
「ペ、ペイ?」
アダモヴィッチは困惑した。
ペイとは、何であろうか?
その困惑に赤獅子族のヴィスはつけ込んだ。
「イネスさんが、困ってるだろうが? やりたくねえって、言ってるだろ? 無理強いすんなよ!」
ヴィスの威嚇に、政治将校アダモヴィッチは黙り込んだ。
だが、もう一人の政治将校メドベジェンコが、話しを引き継ぐ。
「同志ヴィス。君はカタロニアの人間ではなく、中央の人間だ。同志スターリンと中央委員会の意向に従ってもらいたい」
「えーと……オマエは……。名前が変わったんだっけ? 何て言ったかな?」
「メドベジェンコ」
「メドベチンコ?」
「メドベジェンコ!」
ヴィスの激安な挑発にメドベジェンコは、簡単にのってしまった。
澄ました顔をしているが、沸点の低い男なのだ。
「なあ、チンコ。王様は、いなくなった。それでイイだろ?」
「同志ヴィス! 共産主義革命は、まだ、終わっていない。むしろ始まったばかりなのだ!」
「だから! その革命で倒す王様が、もう、いないだろう?」
「グンマー連合王国を始め、ほとんどの国が王政だ。これを打ち倒し、世界を共産主義に統一することこそが、真の共産主義革命なのだ! 同志ヴィス、そうは思わないか?」
「いや、キリがねえだろ?」
赤獅子族のヴィスは、あまり頭が良くなかったが、政治将校メドベジェンコの言うことが、実現不可能であることはわかった。
「テメエは、カルシウムが足らねえんだよ!」
そう吐き捨てるとヴィスは、そっぽを向いた。
結局、カタロニアの幹部たちは、ソビエト連邦中央委員会が派遣した政治将校に押し切られ、出兵を了承した。
政治将校たちは、資金援助の打ち切り、供与した武器の返還などを言い立て、幹部たちを従わせたのだ。
同じことが、ソビエト連邦の構成国全てで起こっていた。
こうしてソビエト連邦は、着々と開戦に向けて準備を進めていた。




