第220話 オペレーション『ズボンを脱げ!』
馬賊のアジト近くに、二台のケッテンクラートと一緒に転移し、馬賊のアジトに、すぐ突入しようと思っていたのだが……。
「あれ?」
「入れないッス!」
馬賊のアジトは、岩場の渓谷の中にあるのだが、渓谷の入り口が沢山の岩で塞がれている。
渓谷の方では、戦闘音やら、悲鳴やら、『グアアア!』というイセサッキたちの声が聞こえている。
だが、これでは戦闘に参加出来ない。
「さては、ルーナ先生が魔法で渓谷の岩を爆破したな」
「馬賊が逃げられないようにしたんスかね?」
「多分な」
「捕虜を取る気ゼロッスね」
ブンゴ隊長のいう通りだ。
なんとなーく、予感はしていたが……黒丸師匠とルーナ先生は、最初から戦うつもりだったのだろう。
「しょうがないな……。一旦、岩場の上に転移しよう」
「ウッス!」
俺は全員を連れて岩場の上に転移した。
ここからは、渓谷の中がよく見える。
「オッ! やってるッス!」
「馬賊が山盛りになっている!」
馬賊のアジトは、渓谷の底が広くなった部分なのだ。
失神した馬賊が、隅に折り重なって山になっている。
ルーナ先生は、グンマークロコダイルのイセサッキにまたがり、ミドリをバットのように振り回して馬賊をぶん殴っている。
魔法使いから前衛職にジョブチェンジ待ったなしだ。
黒丸師匠はタカサキに乗りオリハルコンの大剣を振り回していた。
剣の腹の部分で馬賊の尻を強打しているのだが、叩かれた馬賊は『イヤン♪』だとか、『アハン♪』だとか、方向性の間違った声をあげている。
彼らは新しい性癖に目覚めたのだろう。
――知らんがな!
マエバシは俺がいないのを良いことに、馬賊を尻尾でホームランし、馬を追い立てノビノビとしている。
既に半分以上の馬賊が無力化されてしまった。
作戦とは一体……。
ルーナ先生と黒丸師匠の脳内辞書を開けば、『作戦:テキトー』とか、『作戦:殲滅』とか、きっと新しい知見を得られるだろう。
ブンゴ隊長が、呆れ果て声をあげる。
「これ、隠密行動になってないッスね~。どっちかというと、闇討ちや不意打ちッス」
「申し訳ない。俺の奥さんになる予定の人と俺の師匠です」
俺がガックリうなだれると、ブンゴ隊長がさすがに焦ったか、必死でフォローを始めた。
「いや! 良いんスよ! 私たちは見ているだけなので、楽で良いッスけど……。まあ、楽しそうだから、良いんじゃないッスか?」
「ありがとう」
そういうことにしておこう。
俺たちは下に降りて、山になっている馬賊をふん縛ることにした。
それくらいしか、やることがない。
渓谷の底に転移し、馬賊を縛り出すと狐族のオシャマンベ族長が変なことを聞いてきた。
「ズボンは脱がすのでしょうか?」
「は?」
俺は素で返事をしてしまう。
狐族のオシャマンベ族長は、いたって真剣な顔をしている。
冗談ではないのか?
「狐族では、捕虜のズボンを脱がすのか?」
「いえ! 我々は、そんなおかしな部族ではありません!」
「ええと……。じゃあ、なんでズボンを脱がすのかと聞くの?」
「先の戦で、シメイ伯爵に、捕虜のズボンを脱がすように指示されたので。人族は捕虜のズボンを脱がすのかと……。違うのでしょうか?」
「違います!」
「違わないのである!」
「黒丸師匠!?」
振り向くと黒丸師匠が俺の背後に立っていた。
もう、戦闘を終わらせたのか!
「ズボンを脱がすのである」
「いや……黒丸師匠……。必要ないでしょう?」
「必要はなくても、面白いのである! では、馬賊は全員ズボンを脱がせて連行なのである!」
「ちょっ! 乙女のピンチッス!」
ブンゴ隊長が遠回しに反対したが、黒丸師匠はお構いなしに馬賊たちのズボンを強奪し始めた。
狐族のオシャマンベ族長は、ため息を一つつくと黙々と馬賊のズボンを脱がせ始めた。
結局、こうなるのだ!
おかしな方向へ行くのだ!
「黒丸師匠……。ズボンのことは、おいておくとして……」
「なんであるか?」
「抜け駆けというか……。捕虜を一人取ろうと打ち合わせましたよね?」
「不足の事態が発生したのである。結果的には、馬賊全員を捕虜にしたのである」
「それ、もう、捕虜とは言わないです」
黒丸師匠は、シレっと答えた。
もう、色々言っても仕方がない。
俺も黙々と馬賊のズボンを脱がせ始めた。
それまで黙っていたじいが、提案をした。
「幹部クラスを一人解放しましょう」
「え? 折角捕まえたのに?」
「解放した馬賊を空から追跡するのです。そやつは知り合いの馬賊や盗賊の所へ、逃げ込むでしょう」
「なるほど。他の悪党の居場所も分かるか……。芋づる式に捕まえられるな……」
「はい。ここにいた馬賊は一網打尽にしましたが、他の馬賊や盗賊が進出して来ては面倒ですじゃ。この際、可能な限り悪党どもを削っておきましょう」
「面白いな……」
じいの提案は悪くない。
仮に他の馬賊や盗賊を捕まえられなくても、逃がした馬賊が、俺たちの噂話をばらまいてくれれば、当初の予定通りになる。
サイターマ領方面は、『騎士団の見回りがキツイ』、『馬賊や盗賊は、捕まる』、そんな噂が広まるだけで、領地の安全度が上がるだろう。
「ふむ。面白いのである。やってみる価値はあるのである」
「私は、じいの提案に賛成。私がやる」
黒丸師匠とルーナ先生が、じいの提案に賛成した。
毒を食らわば皿までだ。
「わかりました。やりましょう。実行は、ルーナ先生と黒丸師匠にお任せします。ブンゴ隊長たち三番隊も加わってくれ」
「ウッス! ズボンを脱がせれば良いんですね?」
「ブンゴ隊長……。ズボンからは、離れてくれ……」
色々と誤解があるようだが、もう、誤解を解くのも面倒だ。
ルーナ先生は、のびている馬賊の一人をたたき起こし、下半身をスッポンポンにして馬にまたがらせた。
涙目の馬賊は、暗い夜の中、南の方へ落ち延びていった。
朝になったら、彼はどうするのだろう?
彼の無事を祈ろう。




