第212話 サイターマの平和を守る為(下品注意)
――翌日。
ウーラの町に異世界飛行機グースが二機飛来した。
グースが町の前にある草地にゆっくりと着陸するようすを見て、ブンゴは無邪気にはしゃいだ。
「おお! 来たッス! これでバッチリッスよ!」
リス族のパイロットが、ブンゴに着任の挨拶を行う。
「隊長のブンゴ殿ですね? よろしくお願いします」
「おおー! リスさんよろしくッス!」
「早速、上空から見回りをしたいのですが、そちらの獣人をお借りしても良いですか? 後部座席から監視をお願いしたい」
「私じゃ、ダメッスか?」
「えっ!?」
リス族のパイロット二人は、顔を見合わせた。
まだ、二月である。
サイターマ領は、南の方ではあるが、それでも寒い。
空を飛ぶ異世界飛行機グースのコクピットの寒さは、地上の比ではない。
リス族のパイロット二人は、ブンゴを説得し始めた。
「空に上がれば、寒さが厳しいです。人族では体が持ちますまい。毛皮を持つ獣人が望ましいです」
「そうです。それに、上空からの監視は目の良い獣人の方が向いております」
「えー! そうなんスか? でも、試しに乗ってみたいッス!」
ブンゴは、飛行機に乗りたいだけであった。
リーダー格のリス族のパイロットが、それではとブンゴを後部座席に乗せて空に上がった。
五分もすると地上に降りてきた。
「む……無理ッス! メチャクチャ寒いッス!」
ブンゴは革ジャンを着せられ、飛行帽をかぶせられ、マフラーを巻かれて空に上がった。
それでも、人族には冬空の寒さは厳しかった。
リス族のパイロットは、苦笑する。
「まあ、まあ、ブンゴ隊長。コイツは寒くても移動速度が速いですから、偉いさんは冬でもこれに乗りますよ」
「ええっ!?」
「馬で何日もかかるところを、半日で移動出来ますからね。みなさん、服を着込んで、やせ我慢です」
「はあ……。偉くなるって大変ッスね……。グースに乗るのは、鹿さんと狐さんにお願いするッス!」
二機のグースは、それぞれ後部座席に鹿族の族長と狐族の族長を乗せて空に上がった。
馬賊のアジトを発見するのが、目標である。
今回、総長兼国王のアンジェロは、馬賊の発生を重く見ていた。
サイターマは、かつて青狼族と赤獅子族のテリトリーだった地域だ。
青狼族と赤獅子族は、非常に戦闘力の高い獣人である。
そんな恐ろしい獣人が闊歩する地域に、盗賊や馬賊が入り込める訳がない。
つまり、今回発生した馬賊は、支配者が獣人から人族に変わった隙をついたのだ。
初期段階で馬賊を駆逐しなければ、次から次へと盗賊や馬賊が発生し、サイターマは一気に治安の悪い地域になってしまう。
アンジェロは、自分で対処をしたかったが、『部下に任せるように』とじいことコーゼン伯爵に釘を刺された。
そこで、六機のグースをサイターマに投入したのだ。
グースは二機を一チームとし、ウーラ方面、オオミーヤ方面、ドクロザワ方面に配置された。
サイターマの平和を守る為に、グースは飛ぶのである。
さて、グースに乗った狐族の族長は、リス族のパイロットとおしゃべりしながら、地上の監視を行っていた。
リス族のパイロットは、狐族の族長に名前を尋ねた。
「ところで、あなたのお名前は?」
「我ら狐族は、人族のような名を持ちません。高地で細々と暮らしているので、皆で協力して生きているのです。狐族は一心同体! 個別の名など不要なのです!」
「ははあ……」
リス族のパイロットは思った。
リス族の住む地域は相当田舎だが、狐族はもっとひどい田舎に住んでいるのだなと。
「それでは、どうやって呼び合うのですか? 俺、オマエですか? それとも族長とか、狩り担当とか、役割で呼ぶのですか?」
「いや、体の特徴で呼び合うのです」
「体の特徴? 尻尾が白いとか? 耳が短いとか?」
「主に臭いですね」
「臭い?」
リス族のパイロットは、面白く思った。
確かに臭いで個人を認識することはある。
では、臭いで呼び合うとは、どうやるのだろうか?
肉の臭いとか、薬草の臭いとか、臭いがする物に例えるのだろうか?
リス族のパイロットは、興味深く狐族の族長の言葉を待った。
「あの脇が臭い男とか、そこの尻が臭い男とか、臭いの強い場所で呼び合います」
「……」
「何か?」
リス族のパイロットは、言葉を失った。
よりにもよって、臭いの強い肉体の部位で呼び合うとは……。
いささか直接的に過ぎないだろうか?
いかに獣人といえども本能的に過ぎないだろうか?
リス族のパイロットは、狐族の族長を説得することにした。
「あの……狐族の族長さん……。これから人族とお付き合いが増えるなら、名前を付けた方が良いですよ」
「そうでしょうか?」
「ええ。人族は、我々獣人ほど鼻が良くないですから。その……尻が臭いとか言われても……たぶん、わからないのではないかと……」
人族が、わからないのではなく、嫌がるだろうことを、リス族のパイロットはわかっていた。
しかし、狐族の族長が気を悪くしないように、気を利かせてマイルドな表現にしたのだ。
狐族の族長は、思い当たるところがあったのか、リス族のパイロットの説得を受け入れた。
「むむ! 確かにそうですね。何か名前を付けた方が良いかもしれません」
「ええ! そうしてください!」
「どうしたものだろう? 足が臭いから、アシクサとか……。尻が臭いから、シリクサとか……」
「いやいや! 臭いからは、離れた方が良いと思いますよ!」
「そうでしょうか?」
「そうですとも!」
リス族のパイロットは、頭を抱えた。
アシクサだとか、シリクサだとか、そんな名前を付けたら人族だけでなく、獣人からも笑われるだろう。
「リス族の。あなたは名前があるのですか?」
「私は、ミーノです」
「呼びやすい名前ですね……。では、アーシとか、シリーとか――」
「ですから、臭いから離れて下さい!」
こうして、サイターマの平和を守る為、グースは飛び続けるのであった。




