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4ー4.貫かれた女、スリーピーホロウ

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 4ー4.貫かれた女、スリーピーホロウ

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「ひっ、ひぃぃぃーっっ、ひぃぃぃぃぃーーっっ?!!!」

 室内に男の絶叫が響き渡った。哀れにも保たれていた虚栄は消え去り、ただ目前の怪物に恐怖する。

 そんなはずはない在り得ないもの。存在してはならないもの。確かに彼が殺したはずの、生きているはずのない女。

「ま、待て、来るなっ、来るなぁぁぁぁーっっ!!!」

 貫かれた女。自らが貫いた、若さ溢れていたその肉体。だがそれは出血に青ざめ、おびただしい血液を床へと垂れ流し、苦悶の声を上げて永作に一歩、一歩と歩み寄る。

「ぁ……ぁぁぁぁ……ぅ、ぅぁ、ぅぁぁぁぁぁぁ……」

 ゾンビのようなその声、永作を凝視する血走った瞳、ゴボゴボと口元からは血潮がこぼれ、点いたり消えたりを繰り返す蛍光灯がチカチカと剣に反射する。

「そんなそんなそんなっっ、そんなバカなぁぁぁっっ、来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁーっっ!!!」

 壁を背中にして、男は見苦しい悲鳴を上げる。わらにもすがろうと文継、零夏へと目線を向けるが、その二人までもが強い憎悪に、残虐な薄笑いを浮かべていた。

「剣が……抜け、ない、の……痛い……痛い、よぉ……苦しい、よぉぉ……」

「お、俺じゃない!! 俺は知らない!!」

「お、俺はお前を殺してなんかっっ、ひぎゃぁぁぁっっ!!!?」

 亡霊がその目前へと立つ。彼女の目は見開かれて感情が読めない。ただひたすら永作を見つめ続ける。

「嘘つき…………」

 心の底まで凍り付く。彼女は知っている。隠された全てを。

 絶対に嘘をつくことの出来ない相手が、男の目の前にいる。

「ゆ、許してくれ……っっ、許してくれぇぇぇっっ!!」

「仕方ないじゃないか!! お前さえ現れなければ、現れなければ俺だって……許してくれぇぇぇっ、許してくれよぉぉぉっっ!!!」

 なぜ、彼女を殺害する必要があったのか。殺すにしても、もっと優先順位の高い人物がいたはずだ。たとえば長男の祐一。いや、そもそも永作は相続権を持たない。

 なぜ、彼は千冬を殺したのか?


「そうやって…………母さんも殺したの…………?」


「あっあああっ、うわあああああーーっっ?!!!」

 千冬の言葉に、一際大きな絶叫が上がった。それは絶対的な絶望。問いに身に覚えがあるからだった。

「やっぱり…………」

「違う!! 違うんだっっ、あ、あれはっ、あれをやったのは伊代子だっっ、俺じゃないんだ!!!」

「お、俺はそもそもっっ、そもそもお前の母親を殺すつもりなんてなかったっっ!!」

「お、俺は……っっ、俺はっっ、俺はお前を殺すつもりでアレを……っっ!!!」

 彼らは文継らには知らない話を始めていた。千冬の母の死にまつわる話を。

 彼女が死ぬに死ねない本当の理由、それは母のことだった。

「最初から……そんなの知ってる…………」

「っっっっ~~?!!」

 悲しげに亡霊は答える。辛い過去を思い出しながら。

「お父様からわたしにお菓子が届いた……」

「母さんは嬉しそうだった……すごく、幸せな顔をしていた……」

「でも……送られてきたお菓子はたった一つのフィナンシェ……」

「母さんはお父様との思い出の品だと言っていた……」

 千冬はうつむく。悲しみに涙がこぼれ、だが殺意がそれをすぐに止めてくれた。

「母さんはその時、身体を崩していたの……」

「だから、だから幼い私は……」

「美味しそうなそのお菓子を……母に全部あげた……」

「…………」

 その後に何が起きたのか。永作は狂ったように頭を左右に振って、自分の関与を否定する。自分はやっていない。伊代子に全ての罪を擦り付けなくては、この亡霊にとり殺されてしまう。

「母は死んだわ…………父に対する怒りと、絶望の淵に…………」

「父はわたしを殺そうとした…………そう信じて死んでいった…………」

 涙はもう出ない。あるのは抑え切れない殺意のみ。呪い、殺人衝動、永作の苦悶を見たい。母の覚えた苦しみの全てを、彼へと植え付けなくてはならない!!

 復讐を! 復讐を! 復讐を下す時が来た!!

「ごっごほっっ、ごぷっっ……!!」

「うあああああああーっっ!!!」

 彼女は自らを貫く剣を握り、自らその呪縛を引き抜いた。

「はぁーっはぁーっはぁーっはぁーっ、はぁぁぁーっっ!」

 荒く呼吸を乱しながら、その剣を母の仇へと向ける。

「ま、待てぇぇぇっ、待ってくれぇぇぇーっっ!!!」

「おっ、おいっ、お前たちコイツを止めろっ、止めてくれええええーっっ!!」

「こ、殺されてしまうっっ、人を見殺しにするのか貴様らぁぁぁっっ?!!」

 もうプライドも何もない。永作は糾弾者たちへと救いを求めた。

「ああ申しておりますが、どうされるのですか、文継様?」

「…………醜い」

 彼らは同情一つ顔に浮かべていなかった。冷たく無感情で、むしろ蔑みの視線を向けている。

「はい、おっしゃる通りです、醜過ぎます」

「永作殿、予定ではここで千冬を止めるつもりだった」

「ぉ、ぉぉ……!!」

 恐怖のあまり、言葉の都合の良い部分ばかりが解釈される。彼は助けてもらえるのだと感激した。

「だがこんなに醜い存在はいまだかつて初めてだ」

「なぜだろう……差別的なことだと思うが、不思議と良心を咎めない」

「ぇ…………」

 続いて現実に凍り付く。零夏は蔑みと糾弾の視線を向けるだけで、その主人もまた、制止に懐疑的だった。

「永作殿、貴方は死ねば良いと思う」

 彼の言葉に連動して、千冬が血塗れの剣を身構える。

「い、嫌だぁぁぁぁーっっ、待ってくれっっ、待ってくれお願いだっ、殺さないでくれぇぇっっ!!!」

 男は見苦しく失禁して、そのまま壁を背中に崩れ落ちた。

「正直に答えてみろ、千冬を殺したのはお前か?」

「あ、ああっ、ああっ、俺が殺したっっ、殺したけどこんなのあんまりじゃないかっっ!!」

「千冬の母を殺したのも、お前か?」

「そ、それも俺と伊代子の共犯だ!! だから俺だけが悪いわけじゃない!! 俺だけが悪いんじゃないんだ!!」

「俺はっっ、俺はてっきりこの女がっっ、過去のことを掘り返しに来たと思ってっっ!!!」

 ボロボロと自供をする。いともあっさりと、こんなに簡単に。亡霊というものは本当に怖ろしい。理解不能の、得体の知れない存在以上に怖いものはない。それは人が潜在的に抱える本能だ。

「…………っっ、っっ~~!!!」

「勝手なこと言わないでよ!! そうよ、私は母の仇を捜しに屋敷を訪れたの!!」

「母さんの絶望はこんなもんじゃなかった!! 今でも耳を離れない!!」

「母さんの悲しみのうめきが!! 吐き出される血反吐の色と声が!!」

「アンタさえ!! アンタたちさえいなければ母さんは幸せになれたのに!!!」

 もう止まらない。千冬は幽鬼の姿から元の彼女へと戻って、そのマインゴーシュを深々と引く。母の仇を貫くために!!

「文継様……このままでは……」

「…………」

 そこで零夏はあんなにも殺害を肯定していたのに、やはり冷静に考えれば千冬のためにならないと小声を上げた。

「文継様っっ」

「ふんっ……」

 なのに彼は止めなかった。人が貫かれる様は直視に堪えないと、メガネを直すふりをしてうつむいた。

「や、止めて……殺さないで……い、嫌だぁぁぁぁーっっ!!!」

「ぎゃひぃぃぃっっ?!!!」

 剣が突き刺さる。深々と……霊体であるはずの剣は根深く壁へと埋まった。誰の肉を傷つけることなく、永作の首筋スレスレの空を切り咲いて。

「…………ぁ、ぁぁぁぁぁぁ………………」

 彼は恐怖のあまり真っ白になって失神してしまった。この悪夢からは、例えカウンセラーを付けてももう二度と抜け出せないだろう。

「ちょっとアンタ、何で止めなかったのよ……」

「はぁぁ…………冷や冷やしましたよ……どうして止めてくれなかったんですか」

 空気がやわらぐ。二人はいつものように勝手なことを言い出した。

「あまりにクズ過ぎて、止める気が失せた……というのもまあ事実だが」

「…………お前は大切な約束を破るような人間じゃない。信じていたよ、千冬」

 やさしげに彼は暖かい言葉を投げかける。思わぬその言葉に、千冬はびっくりと驚き頬を染めた。

「約束なんてしてない」

「ああ、キミは一度も同意してくれなかったな」

「だがこの屋敷に来て、キミはずいぶんと自分自身を見せてくれるようになった」

「その姿、立ち振る舞いが、自然と信頼を勝ち取ったと思ってくれて構わない」

「つまり翻訳すると、文継様は千冬さんを信頼していたということです」

「意訳をするな、意訳を」

「アハハ……つくづくアンタって正直じゃないのよね……」

 勝手にしろと、文継はまたうつむいてメガネを直す。それが照れ隠しであることは、彼女らからすれば見え見えだった。

「で、コイツはどうすんの? 今でもマジ殺したいんだけど?」

「放置すれば間違いなく、他の誰かを不幸にするよ?」

 永作はショックのあまり、廃人と化してしまったようにも見えた。口からよだれを垂れ流したままの呆けた顔で、すっかり意識を失っている。

「ああそれなら問題ない。零夏、例のゲストをここに呼んでくれ」

「へ……ゲスト?」

「はい、ではしばしお待ち下さいませ」

 千冬の不思議そうな顔をしり目に、忠実なメイドは隣室へと立ち去っていった。


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