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4ー3.お化け屋敷の招待

――――――――――――――

 4ー3.お化け屋敷の招待

――――――――――――――


「――?!」

 その時のことだった! ソイツは驚きのあまり硬直する!

 安らかで無防備なその寝顔が、突然ニヤリと大胆不敵に笑ったのだ!

 この女は眠っていない、起きている!! つまりこれは……。

「かかりましたね」

 罠だ!!

 ソイツがそれに気づいた頃には、よく研がれた果物ナイフが喉元に突き付けられていた。ほぼ同時に部屋の蛍光灯が明々と灯され、全てが白日の下へと晒される。

 瞳をパッチリと開いたメイドは、冷たい蔑みの目線を進入者へと向けていた。

「な、な……なん、うぉ……?!」

「動かない方が良いですよ、正当防衛として貴方を刺し殺しても、私はちっとも心が痛みません」

「何せあなたは死すべき本当のクズですから」

 彼女の目は本気だった。ソイツの硬直した身体は、女の意のままに誘導される。

 ベッドより身を起こして立ち上がり、零夏はグルリと背中を向けさせた。

「んなっっ?!!?!!」

 するとその進入者の視界には、絶対にあり得ないものが現れた。何だこの屋敷は、どうなっている、ギョロギョロとその目が踊り回る。

「ようこそおいで下さった。いやいや、お初にお目にかかりますな、いや実にお会いしたかった」

「何せ生きた客人など、何年ぶりのことなのやら思い出せない有様でしてな」

 おかしい、絶対におかしい。その安楽椅子には誰も座ってなどいなかった。確かにこの部屋は、自分と綾宮零夏二人だけだったのに、と。

「な、なんだお前は……?! 何なのだ?!!」

 一体何が起きたのかわからない。ソイツは混乱する。

「フフフッ、何なのだと言われてもね……」

 深々と安楽椅子に座り込むその男。青ざめた肌と端正な顔立ち、今夜のために、燕尾服をしっかりと着込んだ古めかしい正装。

 瞳は異常に鋭く理知的で、その姿はまるで旧貴族然とした時代錯誤な存在だった。

 完全正装の威厳あふれる男が、椅子の手すりにひじを置いて高慢な頬杖を突いている。

「それはむしろ、コチラのセリフではないかな」

 その得体の知れない研ぎ澄まされた瞳が、鋭く進入者を見定める。


「上苑家執事、竹中永作殿」


 落ち着き払った言葉が、犯人の正体を名指しする。あの不遜極まりない執事の名を。

「き……っ、貴様っっ、貴様が菱道文継だなっっ?!!」

「ご名答、お初にお目にかかる。当館の主人、菱道文継だ」

「ごぶさたしております、永作様」

 背中よりチクリとナイフを突き付けて、逃げられはしない、余計な悪あがきはするなと釘を刺す。

「貴様らぁぁぁっっ!!!」

 相手は叫び怒り狂うばかりだ。

「なるほど、報告通りの人柄だ。しかしよもや住居不法侵入のみで裁かれるとは思っていまい?」

「何だと……?!」

「あなたが千冬さんを殺した。そう主人は申しているのです」

「………………ハッ、ハハッ!!」

「何を言い出すかと思えば、ウハハハッ、バカらしい!! それで俺を追いつめたつもりか?!!」

「そんなハッタリに乗せられると思わないでいただきたいな!!」

 侮蔑を込めて永作は笑い飛ばした。あの完全犯罪を破れる者はいない。絶対の自信がそこにはある。

「そうですか。では文継様、遠慮無しでお願いします」

「うん、わかっているよ、零夏くん」

 なのにその連中は、ほんの口元一つでさえ尻込まなかった。男の罵声を無視して、文継は態度悪く足を組み直し、偉そうに椅子へとふんぞり返る。

 そこにもまた、理解不能な絶対の自信があった。

「永作殿、貴方は三年前に誘拐事件を起こしましたね」

「……!!」

 なぜそれを。ギクリと男の顔色が青ざめる。

 だがすぐに、犯罪は完璧なのだと落ち着き払った。

「何を言いがかりを」

「まず貴方は、葦花愛海という当時16に過ぎない少女を誘拐した」

「暴力と、暴行と、恫喝と虐待。ただそれだけでも情状酌量の無い重犯罪だ」

 文継は刺激的に責め立てた。どんな相手にも、自らが行った罪への糾弾は揺さぶりとなる。

「言いがかりだな、俺をバカにするとは良い度胸だ、証拠はあるのかね、証拠は?」

「ふふふ……何を焦っているのだね、永作殿」

「ええ、逆にあやしいですね」

「貴様ら!! 証拠はあるのかと聞いているのだ!!!」

 何なのだこの連中は? 圧倒的な確信。絶対的な優位。まさかそんな、本当に何か証拠を得ているとでもいうのか?

 老猾な男は思考をフル回転させる。否、そんなはずはない。計画は完璧だった!

「彼女の母はキミの同僚だ。キミ達は彼女が当夜の戸締まり当番なのを知っていた」

「娘を誘拐したキミは、母親へと脅迫状を送った」

「数々の見るに堪えない写真と共にね」

 永作の目が驚きに見開く。彼らは知っている。脅迫の事実を、あの写真を。葦花母が彼らへと喋ったのだ! 報復しなくてはならない!

「それは無理だ、永作殿。キミの命運も今夜まで、朝日はキミの下に訪れない」

「ハハハッ、俺を殺すと言うのか? ならば貴様こそクズだな!!」

「それを決めるのは私じゃない。もっともっとふさわしい人がいる」

 零夏へと目配せする。彼女はその通りだと誇らしげにうなづいた。

「さて……キミは葦花母を使って、居間の小窓の施錠を解放させた」

「そして深夜2時過ぎに寝所を抜け出して、まんまと屋敷の居間へと潜入した」

「予定通り、そこには千冬くんがいたはずだ」

「キミはいたいけな彼女を刺し殺し、何事もなく居間の小窓から脱出したのだ」

 淡々と、探偵紳士は永作の反抗をあばき立てる。それは事実そのもので、彼の顔色を真っ青にさせた。

 だが、証拠はないのだ。証拠は何も残っていないことを思い出す。

「証拠はないのだろう?」

「ふ……それはどうかな?」

「やせ我慢をするな、それにだ」

「俺にはわからぬなぁ……どうしてその推理の中の俺は、居間にあの小娘が居たことを知っているのだ?」

「ハッハッハッ、穴だらけではないか、とんだ名探偵だ!!」

 冷静な指摘だった。今さらその事実に気づき、零夏はハッと焦りを文継に向ける。

「祐一氏だよ」

「……!!」

 でも余計な心配だった。文継は絶対の優位を崩さない。真実を突きつけられて、硬直したのは最低の執事殿だった。

「彼にこう言ったのだろう?」

「深夜一時頃に、彼女を居間へと呼び寄せてくれ。用意した薬を飲ませて眠らせてくれれば、後は自由にしてくれていい」

「二時過ぎまでに消えてくれれば、後はこちらで邪魔な相続人を脅かして、相続権を放棄するよう仕向けよう」

 確かに当夜の祐一の行動と一致する。彼も共犯であったと考えれば納得が行く。

「まあ彼は結局、彼女には手をつけなかったし、薬の量も気遣って減らしたようだ。少なくとも殺害計画とは知らされていなかったのだろうね」

 それは推理に過ぎない。証拠はない。証拠はないが、永作の知る真実とピッタリと一致していた。あの気弱な長男は簡単に口を滑らせるだろう。

 怪物的な推理能力は、まるで心を盗み見る悪魔であるかのように、その探偵紳士を演出する。

「都合の良い推理だが、さっきから証拠が無いな、証拠が」

「証拠ならある。しかし今すぐそれと突きつけるのも趣がなかろう?」

「ふんっ、いけ好かない男め!」

「それは事実だが、キミほどではないさ」

 永作は焦り、冷や汗を流し、怒りすらも忘れてうろたえている。証拠は無いが、間違いなくこの男の犯行だとその姿が証明している。

「だが当時屋敷は密室だった! 入るのは良いが、出ることが出来ないではないか!!」

 挑発を挑発で返されて今さら頭に血が昇った。見栄をかなぐり捨てて、見苦しくも男は密室を主張する。

「永作様、貴方に共犯者がいたことは、私がこの目で確認しております」

「ええ、実は……あの模写を見せた後、伊代子夫人を私はつけていたのですよ」

「なっっ……?!!」

 男は絶句した。それはまずい。通話内容を調べられれば、あの会話を警察に知られてしまう。だが、だが伊代子夫人のコネクションがあれば、隠蔽工作はまだ可能だ。平静を何とか取り戻す。

「は、ハハハ……身に覚えがありませんなぁ……?」

 虚勢を張った。

「千冬を刺殺したキミは窓から逃亡。だがこのままでは真っ先にキミが疑われる」

「そこで共犯者の伊代子夫人の登場だ」

「第一発見者の声に真っ先に伊代子夫人は動き、それから何のことはない。血塗れの千冬くんに意識が向いている間に、小窓を施錠してしまったのだ」

「……………………」

 全て正解。気持ちが悪いほどに、まるで見てきたように彼は全てを言い当てていた。だが証拠がない。証拠がないのだ。今や永作の拠り所はそれ一つ。証拠が無ければ推理に過ぎない。司法での糾弾には立証が要る。

「……ハハッ……ウワッハッハッ!!」

「いいだろう! 仮にその推理が事実だとしよう!」

「だがやはり証拠が無いのだよ、証拠が!! 死んだ小娘が証言出来るならまだしも、証拠が無ければお話になりませんなぁ、ご当主殿!!」

 大声で男は叫ぶ。ここは外界との連絡のない陸の孤島。どんなに叫んでも、見苦しい態度をとっても神は許すだろう。

「いっそ墓から呼び出して、証言台にでも立たせますかなぁ、ワッハッハッ!!」

「わぁだぁぢぃ~わぁ~~、こいづぅにぃぃぃ~~……ごろざれぇぇぇだぁ~~~! なぁぁ~んてなぁ~!」

「クックカカッ、ヒャーッハッハッハッハッ!!」

 折り曲げた両腕から手首を下に垂らして、永作は侮蔑的に幽霊千冬のまねごとをした。ニタニタと笑いながら、大声で悪意たっぷりに笑い飛ばす。

「ぎゃっっ?!! おいメイドっっ、何をする!!」

 あまりに度し難いその態度に、零夏はチクリと背中を突いた。

「おい貴様っ、このメイド客人に手を出したぞ!!」

「ふっ……許してくれ。そのメイドは見かけによらず短気で凶暴なのだ」

「文継様」

 一言、彼女は主人の名を呼ぶ。

 主人は男の許せない侮蔑に身じろぎ一つすら見せず、どこまでもどこまでもクールだった。絶対の優位を確信して見えた。

「良かろう」

 彼は何かを認可した。すると背中へ突きつけられた刃は、零夏ごと壁へと移動する。

「な、なんだ……?」

 戸惑う永作。零夏はカーテンの前に立つと、その裏に隠されたものを貼りはがした。

「札…………?」

 それは一枚の、呪文が細かく刻まれた御札だった。

『ガタ……ガタタ……』

 するとテーブルに置かれたティーカップが震え出す。

『ガタタ……ガタガタガタガタガタ……!!』

 やがて怒り狂うように振動は全ての物体を共振させ、さながら大地震となって屋敷ごとを揺らしだした!!

「なっ、何だっ、何が起きているっ、うっ、うぉぉぉぉーっっ?!!」

 ポルターガイスト。霊魂の怒り、自己主張。狼狽を見せているのは永作ただ一人。彼ら屋敷の住民は、永作からはまるで別世界の幽鬼に見えた。


「ならば被害者の出廷を許そう」


「事件の被害者にして、我が平穏を乱す不届きな自縛霊…………」


「小宮千冬くんだ……」


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