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4ー1.愚か者への招待状

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【解決編】亡霊屋敷の探偵紳士

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 4ー1.愚か者への招待状

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「では今回の作戦を説明しよう」

 文継からのおつかいを終えて、零夏が屋敷へと戻ってきた。居間の食卓にて待ちかまえていた彼へ、頼まれ物と熱いベルガモットティーを差し出す。

 優雅に茶を一口飲み干すと、文継は自身満々に今回の計画を語り始めた。その自信は一体どこから来るのか、零夏たちには不思議でならない。

「まずはこれを見て欲しい」

 彼は早速、たのまれ物の包装を解く。小さな四角い小箱に入ったそれは、何の変哲もない、指輪だった。

「これは……」

「本物……?! え、あ、でもそんなはず……」

 彼女らはビックリと見入る。

 そこに現れたのは上苑の家紋。あの模写のままの幻影の指輪だった。

「なるほど……見事なイミテーションです」

「装飾屋に出向かされたのはこのためでしたか」

「すごい……まるで本物みたい……」

 職人に急ぎ彫らせたその指輪は、千冬の反応を見る限り完璧だった。

「どうだ、お前の知ってるものと何か違いはあるか?」

「…………ううん、たぶん完璧」

「なるほどね、コレを餌にするんだ?」

「そうだ」

「…………文継様らしい卑怯な裏技が出て来ましたね、たちが悪いですが最高です」

 メイドは喜々と複雑な日本語を使って、彼の作戦を肯定した。これを見た犯人は、平静を取り繕いながらもギクリと腰を抜かすに違いない。

「犯人は家柄に執着する人物だ」

「そしてコレは、その犯人が千冬殺害時に紛失したもの」

 化粧箱から指輪を取り出し、鈍色に輝くそれを見せつける。続いて確認して欲しいと、千冬へと手渡した。

「犯人だけがこれを絶対的な証拠と知っている。犯人にとってこれは、家柄を証明するための大切なものだ」

「うん……やっぱり完璧、これなら騙し込めるよ」

 彼女はうなづいて、指輪を化粧箱へと戻す。

「まずはこの指輪を持って、屋敷の住民全てに見せつけて来て欲しい」

 その指輪を、今度は化粧箱ごと零夏へと渡した。

「なるほど……かしこまりました」

「むふふっ、何だかワクワクしてくるね、これ」

「ええ、同感です」

 含み笑いを浮かべて見つめ合う。

「キミなら問題ないが、念のため腹の底を見せないようにな」

「わかっていますよ」

「当主にでも協力を願って、あらためて現物で容疑者の反応を見たい――とでも言えば良いだろう」

「あとはその後、何か思い出したらうちの屋敷を訪れて欲しいとでも伝えて、後は獲物がかかるのを待つだけだ」

 作戦はシンプル。偽物で騙して、引き寄せて、釣り上げる。ただそれだけ。

「でもそう簡単に釣れるのかな……相手もバカじゃないでしょ?」

「不安定な気はしますね」

 それだけあって、多少の不安が残る。いかに完璧に、零夏が演技をこなすかにかかっている。

「釣れるかどうかは魚の気分次第だ」

「だが……ここまでの経緯を見る限り、犯人は直接行動に出る人物だ」

「策略も使うが、結局のところは誘拐、暴行、わざわざいたぶってからの刺殺を選んでいる」

 許されざるそのことを、彼は怒りを抑えながら冷静に冷静に解説した。拳はグッと握られていたが、顔はいつもの冷血漢だ。

「愚かではあるが、犯罪者としてはかなり厄介なタイプだ。油断せずにいきたい」

 言葉を止めて、彼はマイペースにティーカップを傾ける。中身の減ったそれへと、ティーポットが温かな物を注ぎ足した。

「夏だよ今? アンタ、何でそんなホットが好きなのよ」

「ぬるい茶など飲み物ではない」

「変なヤツ……」

 二口目をまた口へと運ぶ。何度見ても、見てるだけで暑苦しい。

「そうだな、確実性を高めるためにこう言えば良い」

 目線を零夏へと向けて、大事なことだと態度で訴えかける。

「主人は指輪の由来を調べるため、今は模写を持って外出中」

「他の仕事も重なってしまったので、今夜は戻ってきてくれそうもない」

「ああ、屋敷には自分と主人しかいないのに寂しい。不安だ」

「…………とでも色っぽく、本当は気の弱い女なのだと犯人に向けて印象付けしてくれるとなお良いな。サディストの変態野郎は喜んでキミに襲いかかるだろう」

 彼女の安全のためにも、何としてでも相手を油断させなくてはならない。演技の質はそのまま安全と反比例する。

 零夏は釣り餌でも釣り針でもない。過剰なリスクを負わせるわけにはいかない。

「くれぐれも注意してくれ。キミがいなければ俺はどう生きればいいのかわからない」

「ていうか、物理的に飢え死にしそうだよね」

「あり得ます」

「キミらは俺を何だと思ってるんだ……」

 今回のオーダーはそこまでだった。零夏は命令をもう一度かみ砕き、目を閉じて簡単なイメージトレーニングをする。

 それを終えると瞳を開いて、主人を真っ直ぐに見つめた。

「了解いたしました。ですが、この作戦には一つ間違いがあります」

「間違い……? そんなばかな」

 指摘に彼は困惑した。そんなはずはない、完璧なはずだと。

「…………文継様、この際ですから言っておきます」

 零夏は前置きをおいて言葉を引き締めた。

「あなたの居ない夜は寂しいです。私にとってそれは演技でも何でもありません」

「だから…………夜はあまり出かけないで下さい」

「心細くて、寂しくて、あなたのことが心配になります」

 引き締めてただちにデレた。

「な、何を突然言い出すのだねチミは……っ?!」

 彼女の身を案じるその本心を見透かして、たまには本心を見せてみようと気まぐれを起こした。

「くっ……キミというヤツは……冗談が過ぎるぞっ!!」

 ポッと男の頬が染まる。目を白黒させて返事を迷い、ドキドキと心拍を加速させた。

「あははははっ、なにその反応、なっさけな~い♪」

「ば、バカにするのかねキミぃっ?!」

「だってダサいし」

 一言で怒りゲージMAX。辛辣に笑らわれる。

「ぬおおおおおおっっ、キミらもうちょっと俺にやさしくしてっっ?!!」

「アンタがもうちょっと人にやさしくなれたらね」

「無理だと思います」

「うん、無理だね。文継って自分勝手が足生やして茶すすってるような生き物だし」

 さらには好き放題の言いっぷりだ。

「キミらもその、男を二人がかりでフルボッコにするの止めようよ……」

 作戦会議は脱線し、膠着し、デレたりテレたりボコボコにしたりグダグダだ。

 状況を収拾するためにも彼らは一度沈黙を選び、ただ茶をすすりながらくつろいだ。

「では今段階の手順はこれで決まりだ」

「はい」

 ボソリと彼が一言つぶやくと、あっさり作戦会議は終わった。後は零夏による実行を残すのみ。いつも通りのことだ。

「気をつけてね、零夏さん」

「ええ、必ずや貴女の無念を晴らしてみせます」

「うん……ごめんね……」

 とにかく手順は決まった。作戦を決行しよう。


「作戦名はオペレーション・ホロウハウス。キミの幽霊屋敷根性を見せてやれ」


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