3ー7.二日目の調査報告
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3ー7.二日目の調査報告
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「…………以上です」
その後、上苑家に戻り夫人についての調査をしたが、芳しい結果は得られなかった。
ナーバスになっていたこともあり、零夏は早めの帰宅をして、報告を拒否して入浴した。
全身に汚らわしいものがへばりついている。そんな錯覚が、彼女に何度も何度もタオルとボディソープを使わせた。
ヒリヒリと背中が痛くなるまで、指先がふやけてグチャグチャになるまで、零夏は一時間近くもバスルームへと引きこもり続けた。
「そうか」
思う存分汚れを払うと、零夏は文継の部屋をノックもせず押しかけ、一方的な調査報告をしたのだった。
「その……零夏……いや、零夏さん?」
「はい、なんでしょう?」
「…………いい加減、その怖い顔は止めてくれ」
「無理ですね。今は完全に火がついてしまっていますので」
「そ、そうか……う、ううん……」
主人へと全て報告した。娘の誘拐、暴行、脅迫、強姦。怒りのままに、言いつけるように全てを。
「写真は持ち帰りましたが、彼女の名誉のために貴方にはお見せ出来ません」
「文継様のお力なら、こんな写真無くとも差出人を探り出せますよね?」
言葉には怒りがまだ混じり過ぎて、さながら言われた方は厳しい糾弾を受けている感覚に陥った。
「待て、待て零夏、まずは落ち着け!!」
「無理です!!」
仮に犯人が見つかっても、娘にまた危害が加えられるかもしれない。
だから、確実に犯行を実証して、罪に問えない限り自分は証言できない。
手紙と写真はその条件付きで零夏に引き渡された。
文継は見ていないが、その写真に怒りを覚えないものはいないという。
「っっ~~!! 最っ、低ぇ……っ!」
「なにこれ……っ、なによこれ許せないっ、殺してやる殺してやる殺してやるぅぅっっ!!」
写真は文継からは遠く見えない、窓際のテーブルに置かれていた。
千冬は興味本位でそれを眺めてみたが、全く零夏と同じ反応で怒り、嫌悪し、ジメジメと自縛霊モードに突入する。
「キミまでキレてどうする」
「あたっっ?!!」
ああうっとうしいと、わざわざ文継は立ち上がり、ダークオーラを放つ自縛霊の顔面にツッコミを入れた。
「なにすんのよぉっ?!!」
「キミがキレても何にもならなかろう」
「そうだけど、誰にだって怨念まき散らしたい時ってあるじゃんっ!!」
「だからうっとうしいから、そういうことは余所でやってくれ、余所で」
ツッコミだけでは飽きたらず、あっちいけとおっ払いの仕草までする。
「むきぃぃーっっ、この冷血漢! 人でなし! 人間のクズぅぅ~っっ!!」
あらゆる不平不満を無視して、彼はまたいつもの自分の席へと戻った。
「まあともあれ、ご苦労だったな零夏」
「…………」
「頼むから返事くらいしてくれ……」
そのくらいのショックを受けても仕方ない、それだけの写真だったようだと彼も納得する。
「それと、賭けは俺の勝ちだな」
「う……っっ!」
「ちょ、ちょっと待って……っ、いきなりそれはずるい……っ」
「ぅ、ぅぅぅ~~!」
ともかくこの重い流れを変えなければ平穏はない。蒸し返すつもりは最初から無かったが、今はその約束を利用させてもらうことにした。
「賭けとは……?」
葦花母が白か黒か賭けをしたんだ。
何て今このタイミングで言ったら何が起こるかわからない。
さすがの彼も不自然な笑顔を浮かべてごまかした。
「ちょっとしたものだ」
「俺が負ければ千冬にこれ以上、余計なことを言わず犯人を探す」
「千冬が負ければ…………まあ、何だ……うむ……」
「別に口約束だ、これ以上自縛霊につきまとわれても困る。賭けは帳消しでいいぞ」
ともかくこれで流れは変わった。さっさと帳消しにして話を打ち切る。
「なによそれっっ!! 私がメイドじゃ不満だっていうのっ?!!!」
「…………は? メイド? 文継様……?」
――わけにはいかなかった。千冬にだってプライドがある。覚悟をせっかくつけておいたのに、そんなのあんまりだ。というわけで速やかに逆ギレした。
「文継様…………ふぅん……?」
「ふぅんって何だよ、誤解だ零夏っっ?!」
「俺はこんな賭け本意じゃなかったからなっっ?!!」
「つ、つい売り言葉に買い言葉で…………危ない金曜日的な心の迷いがだな……?」
忠実なメイドより冷たい蔑みの視線が向けられた。
「き、キミぃぃ~っ、そういう目は止めようよっっ、そういう目はさぁっっ?!!」
可哀想に、犯人への怒りの一部が彼へとなだれ込む……。
「賭けに勝ったんだから責任取りなさいよっ!!」
「さあ約束は約束なんだからっ!! ほらさっさと命令しなさいよっ、どんな下品で低俗なご命令も、ご主人様の為なら喜びでございますぅぅっ!!」
「さあ、さあ、さあさあさあさあ、わたしに命令しなさいよぉっっ!!!」
感情が高ぶると、後先考えず相手に詰め寄る悪癖があった。ドアップになった少女の唇より、たっぷりと興奮のツバが飛び散る。
「んっっなっメチャクチャな話があるかボケーーッッ!!!」
反論に千冬の顔にもツバが飛ぶ。
(く……っっ、やはりこの自縛霊は疫病神だ……!)
(よし、無視だ無視、全部無かったことにしよう!!)
「はぁぁ…………」
視線をそらして、わざとらしく彼はため息をはいた。
「なによその顔ーっ、脱げばいいのっ?!! 脱げば満足するんでしょ?!! わかったわよ、脱いでやろうじゃんっ!!」
「はぁ……っ」
どうしてこうなったんだっけ?
余りに混迷を極めたその状況は、さすがに彼の思考力であってもほどき切れない。
目の前の亡霊は、怒りのあまり顔を真っ赤にさせて、学制服の上着に手をかけようとしていた。
「零夏、後は任せた……」
「…………どちらへ?」
「今はただ無心に…………何か低俗な種類の図鑑でも読みふけっていたい…………」
乱雑に本棚から宇宙ヒーロー図鑑を抜き取り、彼はフラフラと夜の町へと消えていった……。




