第五話:ブックハンマーでハンマーハンマー
「ブックブック―♪ ブクブクー♪」
本を読んでいると、カチャリとティーカップとクッキーが机の上に置かれた。
顔を上げると、知的な眼鏡なお姉さん、もとい西の悪魔、ユベラさんだった。
「うふふ、ご機嫌ですね。こちら良ければどうぞ。ダリスさんは甘さ控えめでしたよね」
「あ、えええと!? その……ありがとうございます」
「普通に話してもらって結構ですわ。私は負けたのですから」
「あ、いや……結果はわかりませんでしたよ。階級も凄く下ですし」
「実力主義の世界ですからすぐ上がりますよ。二人きりの時は敬語なし、練習してください」
「ええと……ユベ……ラ」
「はいですわ」
ニコリと微笑んだあと、おもむろに椅子に座って、本を手に取る。
いいですか? と尋ねられるが、断られるわけがない。
彼女も本が好きなのは知っていた。
こうしてみると普通のお姉さんだが。
「うう……アンドリア……なぜ死んだのですか」
「エヴィ……いつのまにいたんだ……」
隣に視線を向けると、涙を流しているエヴィアンがいた。
扉は一つしかないので抜け道はないはずだが、気づけばいつも近くで本を読んでいる。
ユベラからもらったクッキーも勝手に盗られ、口に放り込むと、満面の笑みを浮かべた。
「美味しいです! 腕を上げましたねユベラ」
「うふふ、ありがとうございます」
「……ほのぼのだなあ」
ちなみに俺は、エヴィとも二人きりのときだけ敬語なしで話すようになった。
本人曰く、左腕のあなたには一切の気を遣わないでほしいと言われてしまったのだ。
これから世界統一をする際、部下が遠慮しているのは良くないと。
間違っている時は、頬をビンタしてほしいと言い切った。
まあそこがいいところなんだか。
しかしこの平穏は俺が求めていたものだ。
クッキーを一口、確かに程よい甘さと硬さが広がる。
コーヒーもいい温度で、少し熱いのがまたちょうどいい。
思わず微笑んでいると、ユベラが天使のように首を傾けながら笑顔を向けた。
……あれ、なんか結構幸せじゃね?
これもしかして、転生ハーレムじゃないか?
悪くない……かも。
俺の夢も、思っていたより早く叶うかもしれない。
さて、続きを読むとする――。
――ビビビビビビビ。
ん? なんかアラームが。
「緊急信号です。――ユベラ、ダリス、出陣ですよ」
「はあい。わかりましたわ」
「え、何の話? そんなシステムあった!? え、どこからこれ鳴ってるの!?」
至る所から聞こえる信号。
いや、なにこれ出撃音みたいな!?
「頼みましたよ。世界の命運は、あなた達にかかっていますから」
「了解です。行きましょう、ダリス一等兵」
「いやだから説明は!? てか、俺階級いつの間に上がってたの!? って、ユベラもう軍服着替えてんだ!? ちょっとまってクッキーもう一枚食わせて!?」
「敵は待ってくれませんよ」
夢はやっぱり、もう少しかかりそうだ。
◇
馬車で数時間揺られてきたのは、北にあるスローリアという橋だった。
隣には、俺と同じ黒フードを被っているユベラ。
橋の手前で、俺たちは立っていた。
「楽しみですねえ。血が滾りますよねえ」
「俺は全然滾らないが」
ここは補給で大事な橋なのだが、敵国がそれを落としにかかってくるという情報をキャッチしたらしい。
それがあの謎アラームらしいが、原理は教えてもらえなかった。
エヴィアンは既に軍に通達しているが、前線の斥侯として駆り出されたわけだ。
「しかしこの橋落とすって結構な人数で来るんじゃないのか?」
「ふふふ、楽しみですわあ」
「ダメだこの人、話通じない」
西の悪魔は、書類通りの戦闘大好き姉さんだった。
「そういえばダリスさんは、魔法を使わないのですか?」
「ああ、悪いが使えない。だから大人数の相手は苦手でな」
「? どういうことですか? 使ってますよね?」
女神や異世界転生については説明していないが、ブックを出現させ、これはただの武器だと説明した。
「ただの鈍器なんだ。幼い頃から何度か魔法を使おうとしたが、何も起こらなかった」
「……おかしいですね。でも、何もない所から出し入れしてるじゃないですか? それは立派な魔法ですよ」
そう言われると確かに魔法っぽいが、これしかできないのだ。
しかし西の悪魔にそう言われると、もしかしたら、なんて思ってしまう。
この本のページが突然開いて、そこに書いてある文言が読めるようになって、そして――何とかルガ! みたいな……。
「魔法はイメージの世界です。しかし重要なのは信じる心です。もしかしたら、それが足りないのかもしれません」
「……信じる心」
俺は本が好きだったのでむしろこの本は使いたくないと思っていた。
それが、魔法に関係していた?
もし今ここで使いたいと本気で願えば、まさか……?
しかしユベラがいうと説得力がある。
五歳で全属性を習得、十歳で貴族学園を飛び級、首席で卒業。
その後、エヴィアンの元で暗躍しながら数々の功績を上げている。
正直、俺と並んではいるが、同格だと思ってはいけないレベルだ。
「そういえばダリスさん、ありがとうございます」
「ん、何がだ?」
すると、突然、なぜかお礼を言われた。
何もしていないのにだ。
「最近のエヴィアン様、凄く楽しそうです。あれほど人に心を許しているのは、初めてみました」
確かに天真爛漫だが、心を許してるからなのか。
まあ、それはいいことだが。
「でも、なんでユベラがお礼を?」
「私は昔からエヴィアン様と一緒なんですよ。ですが、戦争や外交をしていると、他人に信頼できなくなるんです。むしろ、失望していきます」
裏切りや欺瞞、密偵のことも、エヴィアンはかなりショックだったらしい。
だがそれを表には出さない。
「……そうか」
「でもそれは私もです。しかしあなたといると、心が穏やかになります。普通の自分を思い出しますよ」
それにしては狂気を感じるが、そう思ってくれるとありがたいな。
「――さて、来ましたね」
「だな」
目の前に予想以上の軍勢が現れた。
おそらく50人以上だろうか。
俺の目は特別製だが、ユベラは目に魔力を凝らしていた。
「作戦はどうしますか?」
「俺が前に出る。ただ、エヴィアンは殺すな、と命じてたな」
「でしたら私が敵をかく乱させます。ふふふ、私が後衛に徹するだなんて、自分でも笑えますわ。それにそれが――光栄だと思ってるんですから」
何やら褒められているらしい。
そしてユベラの言葉を信じて、俺は走り始めた。。
敵は隣国の何度かやり合ってる奴らだ。
俺に気づき声を上げた。
「バカが、単身だと?」
「全員で八つ裂きにしろ。魔法を放て」
「速射開始――な、なんだあの魔力の矢は!?」
俺は耳もいい。
敵の声が、やがて怯えに変わった。
俺の後ろから上空で追い上げてきたのは、とんでもない数の魔力の矢だった。
それも高密度の魔力が詰まっていて、一人が放ったとは思えないほどの。
ハハッ、これが俺の相棒か。
――頼りになるな。
敵は、降り注ぐ魔力の矢を防御で防ぐのに必死だった。
だがその隙に距離を詰める。
敵は多い。
それなりに達人だろう。
ま、俺には関係ないが。
「さよなブックだ」
俺は、一撃で敵の一人を気絶させた。
本のかどにぶち当たると、銀甲冑に穴が開いて地面にめり込む。
「は? な、なんだこいつ」
「あ、あぎゃああああああああ」
「うごああああああああああああ」
魔法使いの軍勢は強いが同士討ちに弱い。
特に俺が一人だけなら撃つこともままならないだろう。
しかしそれでも敵はうまく対処していた。
だがそこで第二射、ユベラの援護が降り注ぐ。
「な、なんだこれはあああ」
そして俺は気づけば笑みを浮かべていた。
本で人を殴る事が好きなわけじゃない。
エヴィアンの命令で動き、ユベラの相棒だということが誇らしいのだろう。
すると不思議な事が起きた。
――ブックが、光始めたのだ。
「……なんだと?」
魔法は使えないと思っていた。
だが感じる、その力が、魔力が、俺を誘導する。
本が、なんと開いたのだ。
一ページだけだけだが、
そこにはとある文言が書かれていた。
古代文字だが、なぜか――わかる。
「……え、ハンマー?」
次の瞬間、魔法詠唱のエフェクトが光り輝いた。
本の先から糸がたれてるかと思いきや、俺の手に腕輪、とそこに繋がっている。
……もしかして。
「あいつの動きが止まったぞ。今だ!」
「息切れだ。――いけ――は?」
そして俺は、おもむろにブックを振り回した。
次々と大勢にぶち当たると、まるで巨大な鈍器にぶち当たったかのように吹き飛んでいく。
遠心力で倍増したブック。
これが――ブックハンマー。
「結局、鈍器じゃねえか!」
肩を落とすも、威力は絶大だった。
今まで苦手だった大人数もなんのその、気づけばブックハンマーでハンマーしてるだけでハンマー壊滅。
敵は蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
「……ふう」
「お疲れ様です。やっぱり使えるじゃありませんか」
気づけば横にユベラがいた。
瞬間移動の魔法でも使えるのか?
「これを魔法と呼んでいいものか……?」
「れっきとした魔法ですよ。それに、まだ一ページ目でしょう?」
その言葉で、俺の心臓がドクンと響く。
そういうことか。
つまり二ページ目、三ページ目となると、夢の魔法が使えるようになるかもしれない。
この言葉を言っている俺がフラグに思えるが、夢は捨てたくない。
けどなんにせよ、少しだけこのブックが好きになった。
「ありがとなユベラ」
「どういたしまして。私もいつも一人でしたので、心強かったですよ」
確かに彼女がいれば百人力、いや千人力だ。
そこにエヴィアンの頭脳が加われば、世界統一も夢じゃないかもしれない。
「そういえばユベラに夢はあるのか?」
「私ですか? ありますよ」
「……聞いても?」
「ええ、私の夢は、世界最強でした」
「……はい?」
「ずっと退屈だったんです。誰も相手にならなくて。でも、いつかまたダリスさんと戦いたいです。――またやりましょうね」
「気が向いたら……」
するとその時、後ろからようやく味方の兵士たちが現れた。
俺はまだ秘書として暗躍しているので隠れなきゃいけない。
「それじゃあまた後でユベラ」
「はい。楽しかったです」
それから数週間後。
亜人を迫害していた国は、エヴィアンの手腕により配下国となった。
橋を落とすことが出来なかった事が、敵に想像以上に損害を与えたこと。
そしてエヴィアンが、交渉、政治の場で亜人奴隷の書物を出したらしい。
おかげで大勢の貴族を味方に付けた。
後はちょっとした小競り合いだ。
そこには俺とユベラも手伝ったが。
一つの大きな仕事が終わり、いつもの部屋でクッキーを食べながらコーヒーを飲んでいた。
横にはユベラとエヴィアン。
「ありがとうございました。二人のおかげで、多くの血を流さないですみました」
「とんでもございませんわ。私はともかく、ほとんどがダリスさんのおかげですし」
「いや、俺は何もしてないよ。ただブックブックしてただけだ」
俺は、なんだかんだで与えられてばかりだった。
だから今日は、ちょっとしたプレゼントを隠し持っていた。
「エヴィアン、ユベラ、これ――」
「ダリス――」
「ダリスさん――」
「「「え?」」」
するとまさかその時、俺たちは同時に出した。
ふたりは、当然だが俺の好きな本。
俺は、普段は買わないが、ピアスだ。
お揃いは軍の兵士に何か思われたらアレなので、花柄の別々のものを。
俺たちは大いに笑って、プレゼントを交換した。
「どうです? 似合ってますか?」
「ああ似合ってるよ。ユベラも」
「うふふ、プレゼントなんて久しぶりにもらいましたわ」
案外いいトリオなのかもしれない。
するとエヴィアンは、不敵な笑みを浮かべた。
「これなら、右脚と左脚もここに呼んだ方が良かったですね」
え? 右? 左?
「確かに、あの二人なら喜びそうですねえ」
「え、どういうこと? 俺たちの他にまだいるの!?」
「でも、ユベラと違って怖いですもんねえ」
「確かに、私なんて猫みたいに見えますよね」
「どういうこと!? そんなやべえやつらなの!?」
ちなみに最後まで答えてはくれなかった。




