第二十六話:ダリス・ホフマン
早朝。朝霧の残る城下の空気を切り裂くように、軍の号令が響いた。
俺はその中に、何食わぬ顔で紛れていた。兵士たちとともに、アントラース城からぐるりと国を一周して戻ってくる、毎朝恒例の“地獄の行進コース”だ。
俺は今、軍の伍長として認められ、さらに魔戦特務隊に籍を置く身でもある。
その肩書きのおかげで無用に絡まれることは減ったが――それでもまだ、周囲からは色物扱いされているのがひしひしと伝わってくる。
軽く模擬戦もあったが、わざと勝ちすぎないようにしたり、負けたふりをしたりと調整が大変だ。
この世界に来てからというもの、なぜか体力も反射神経もやたら高いのだ。
行軍の終盤、城が見えてきたあたりで、周囲の兵士たちが苦しそうな息を吐き始める。
「はぁっ……しんどすぎ……」
「ぜぇ……ぜぇ……おい、ダリス伍長……お前、汗ひとつかいてねぇんじゃ……」
「つ、強がり……だろ? あれは……」
口々に呟かれる声が耳に届く。
まずい。目立ってる。完全に“違う奴”扱いされてる。ヤバい。
俺はあわてて足を止め、急に膝をついて「どっこいしょ」とでも言いそうな勢いで地面にへたり込んだ。
演技とはいえ、表情筋総動員で「疲労困憊の兵士」を作り上げる。
すると周囲も安堵したように頷いていた。
「やっぱりな、ダリス伍長でもきついんだ」「だよな」と、ほっとした空気になる。
――ふぅ、危ない。エヴィアンに“目立たないように”って言われてるんだから、マジで慎重にいかないと。
そのときだった。
どっかん!と隊長の大声が、休憩ムードを切り裂くように飛んできた。
「この程度の行軍で音を上げていて、実戦に勝てると思っているのか!」
そういいながらスパルタ気味に一人を立たせると、模擬戦をしろと言い始めた。
これ自体に意味はない。
しかし精神は鍛えられるのだ。限界を超えたその先に、自分では知らないものがあったりする。
「ダリス、お前も立て!」
「え? お、俺ですか?」
「ほら、戦え!」
突然引っ張り出され、前に出る。
ブックを詠唱するわけにもいかず、どうしようかと悩んできたら、目の前の兵士が殴りかかってきた。
「オラアアアアアアアア」
余裕で回避できる。
いつもなら食らったりするが、今日はそんな気分になれなかった。
村人たちを襲った敵国のことを考えると、闘気が湧き出て来るのだ。
右足を出しながらひょいと回避、体勢を崩したところに首を掴んだ。
もし俺が剣を持っていれば一撃で倒している。
それに気づいた兵士が、疲れ果てながら前のめりに倒れこんだ。
だがそこで失敗した。
あまりにも綺麗すぎたのだろう。
隊長が驚き、周りの兵士がざわついていた。
「……え、ええと――」
「緊急集合だ! 急いで陣列を組め!」
だがそこでタイミングよく総隊長が叫んだ。
ナイスタイミングだと思いながら駆け寄る。




