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第二十五話:二冊流ブックマン登場

 俺たちは、まっすぐに村を目指して馬を走らせていた。

 風を切る音、馬蹄が地を蹴る音、それ以外は何も聞こえない。

 それが不気味なほどだった。


 村の輪郭が見えてくると、急に空気が変わった。

 焦げた土と、乾いた煙の匂い――魔力が、焼けた空気に混ざって漂っている。


 俺は反射的に馬の手綱を引いた。

 直後、身体を包むような重い魔力の波が、皮膚の奥にまで染み込んでくる。


「……エヴィ、俺から離れるなよ」

「わかりました。ですが、私も弱くはありませんから」


 剣を取り出したエヴィは、魔力を漲らせた。

 徒労との戦いを見ていたが、確かに強い。


 正直、女帝でなければ背中を預けることもできるだろう。


 急いで向かうと、そこで俺は、言葉を失った。


 魔物が大勢いると思っていた。

 炎は、魔物が放った魔法ではないかと。


 だが――違った。


「ハッハ! 俺たちに逆らうとこうなるんだよ!」

「や、やめてください」

「きゃあああああ」


 そこは、まさに地獄絵図だった。

 大勢の兵士が、村人を襲っている。


 ざっと30人くらいだろうか。


 村人たちは逃げまどっている。


「……竜の紋章――ドルストイ国です」


 ドルストイとは、貴族絶対主義の血縁主義の――俺たちが倒すべき次の敵国だ。

 ここまで来ていたとは。


 魔物は無差別に敵を落とすが、もしエヴィアンの顔がバレていたらキケンダ。


 だが――。


「行きましょうダリス、私の事は気にしないでください。絶対に離れませんから」

 

 彼女は、しっかりと俺の眼を見て頷いた。

 ……なら遠慮なくいく。


 生まれて初めてかもしれない。

 俺の心の奥底から腹黒いものを感じる。


 なぜこいつらはこんなことをするのか。どんな理由を聞いてもきっと納得できないだろう。


 なら――お前らが叩き潰されてもいいはずだ!


「おいてめぇ」

「あ? 誰だお前? ――魔法使いか――」

「黙ってろ」


 近くの兵士の頭を思い切り本のカドで打ち付けた。

 身体が地面に叩きつけられ、ぐへぇと声を上げて気絶する。


 それに気づいた兵士数人が顔色を変えた。

 すぐに俺とエヴィアンを取り囲む。


「何者だお前ら?」

「冒険者か? 随分と若いじゃないか」

「イイ女だぜ。こいつは殺すなよ! 後で楽しもうぜ」


 エヴィアンの顔がバレていないのは朗報だ。

 しかし同情の余地はない。

 俺が全員、叩き潰してやる。


 しかしそのとき、兵士の一人が子供を連れてきた。

 俺の動きを見ていたからか、ナイフを子供の首に突き刺す。


「えええええええええん」

「こういう奴らに効くのはこれなんだよ。なァ?」


 最低な奴らだ。


 俺は、小声でエヴィアン囁いた。

 

 ――手加減はできそうにないと。

 そして、頷いた。


「おいお前、その本を置け――」

「――黙れ」


 瞬時に駆けると、思い切り本を振り下ろした。

 もちろんそれだけじゃない。


 ブックハンマーを詠唱し、まとめて四人を吹き飛ばす。


 村人にかまけていた兵士も気づいたらしく、更に俺を取り囲んだ。

 エヴィは背中を守りながら、逐一動向を教えてくれる。


 ハッ、さすがだ。


 そこで、ドシンという地鳴りと共に、デカい魔物が現れた。

 一つ目の巨人だ。

 ヴェルドスよりは小さいが、漲る魔力はどうも狂暴らしい。


「このブック野郎! いけ、サイクロプス!」

「グオォオォオォオォオン」


 こいつがそうか。

 漫画でしか見たことなかったが――。


「恨みはないが悪いな」


 もちろん一撃でブック。


 相手はそれをみて戦意喪失。

 しかしそのとき、後ろから凄まじい気配を感じた。


 視線を向けると、ケアルのような黒装束に身を包んでいる男が近づいてきていた。


 手練れがまじっていたのか。


 エヴィアンを狙っているらしい。身体のねじれで右手のブックが出せない。

 咄嗟に左手を出すも、そのとき――本が光った。


「――ハッ、ここで使えるようになるのかよ」

「な、なんだその本は、俺の攻撃は、どんなものも貫くはず――」

「そうか。残念だったな!」


 右手に持っていたのは、まさかの新しいブック。

 真っ白で、どちらかというと正義のブックに見える。


 本のページには、二冊流と書かれていた。二刀流……みたいなものか。


 だがわかってきた。


 ブックは、俺の意思と心に作用してる。


 ハンマーのときは大勢を相手にしたかった。

 今は、エヴィアンを助ける為に必要だった。


「ありがとうございます。ダリス」

「気にすんな。それじゃあお前らこれで終わりだ」


 そして俺は、二冊流で敵を蹂躙した。


  ◇


「エヴィ、どうだ?」

「怪我人は多いですが、死者はいません」

「……そうか、良かった」

「魔法鳥を飛ばしたので、明日の朝にはケアルやユベラが来ると思います。それにしても、ブックハンマーにはあんな使い方もあるんですね」

「みたいだな」


 後ろでは、大勢の兵士がブックハンマーの紐で繋がれていた。

 全員が気を失っている。明日の朝まで目覚めることはないだろう。


 火は村人たちの中に魔法が使える人がいてすぐに消し止められた。

 もちろん人海戦術もあったが。


 村人たちは俺たちにしきりに感謝してくれた。


 エヴィアンが村長に話をつけ、明日には全員がアントラーズに移動する。

 任務は成功だが、あと一歩で大変なことになっていた。


 崩壊した村を見つめながら座り込むと、エヴィアンが隣に座る。


「突然に襲ってきたみたいです。おそらくですが、見せしめ目的だったと思います」

「見せしめ? 誰にだ?」

「他国ですね。残虐性をみせることで、侵攻の抑止力になりますから。魔物は、テイム能力で従えていたみたいです」

「かなり面倒なことになりそうだな。だが、俺も腹をくくったよ」

「くくる?」

「手加減なしで奴らをブックできる覚悟があるってことだ。もちろん、罪もない人達を除いてな」

「……そうですね。私にもお任せください。もうすぐ大きな戦争がはじまります。ダリス、悪いですが期待していますよ」

「任せてくれ。それに、俺以外にも優秀な奴らはいるしな」


 ユベラやケアルならもっとうまくやれてただろう。

 所詮俺は、ブックしかできない。


「恰好良かったですよ。ダリス、あなたが秘書官でいてくれて私は嬉しいです」


 だが最後の彼女の言葉が、嬉しかった。

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